『猫鳴り』沼田まほかる_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/14 『猫鳴り』(沼田まほかる), 作家別(な行), 書評(な行), 沼田まほかる

『猫鳴り』 沼田 まほかる 双葉文庫 2010年9月19日第一刷

「沼田まほかる」 という人をご存じでしょうか。世にも珍しい名の作家の文庫本が、いきなり書店に並び出したのはそんなに昔のことではありません。

2012年に『ユリゴコロ』という小説が本屋大賞にノミネートされたことがきっかけで、多くの読者家の目に留まることになります。

書店の目立つ場所に陳列されていれば、そりゃ一度は手に取ってみますよね。なんせ「まほかる」ですもの。この人なに者?と気になる方が普通でしょ。

という、たぶん最もスタンダードな理由で私もこの人の小説を読み出しました。

ホラーサスペンス大賞の『九月が永遠に続けば』のイメージが先行して、この作品もきっと不気味で後味が悪いんだろうなと思いながら読み始めました。

断っておきますが、不気味で後味が悪いことが決して嫌いということではありません。むしろその種の小説は私の好みなのです。

が、予想はみごとにはずれました。『猫鳴り』は従来の沼田作品の作風とは一線を画し、ささやかな命を尊び静かに死を見守る物語です。

モンと名付けられた捨て猫との交流が生むヒューマンな小説と言えばよいのでしょうか。

・・・・・・・・・・・

物語は三部で構成されています。

一部は、40歳の主婦・信枝が家の近くで捨てられた仔猫の鳴き声に眉をひそめる場面から始まります。

ようやく授かった子供を流産したばかりの信枝は、仔猫があたかも生まれてこなかった子供の身代わりであるように目の前に現れたことに強い嫌悪感を抱きます。

信枝には仔猫を飼う気は毛頭なく、捨てては戻る仔猫をさらに遠くへ捨てに行こうと躍起になります。

その最中ふいに現れた風変りな少女アヤメの言動によって、結局猫を飼い始めることになるのですが、あくまでも捨てたい信枝としがみつく仔猫のリアルな描写は必読です。

二部は舞台が変わって、不登校の中学生行雄の話。行雄の心は病み、嗜虐的な志向で充満する自分を抑制できなくなっています。

一日に800円を父親から貰って暮らす行雄ですが、どうしてもペンギンを買って欲しいと再三父親にせがみます。それも皇帝ペンギンでなければ意味がない、と。

ペンギンという素材も突飛ですが、行雄が欲しがる理由が病的でまさに”まほかる的”なのです。

終盤、傷害事件の嫌疑で交番にいた行雄を引取った父親が、はじめて行雄と正対します。個人的にはこのくだりが印象深く、二部だけ独立した作品でも十分だと思います。

三部は、信枝の夫藤治が老猫になったモンの最期を看取るまでの静かな交流が描かれています。

信枝に先立たれ一人になった藤治と20年を生きてきたモンとの静かな日々。藤治は死に際のモンに自分を重ね、モンを手本にみごとに死にたいものだと思っています。

読み始めの予想とは全く違う読後感ですが、飾り気のない、まことに正当な小説を読んだという気持ちです。文句なく、良い小説です。

この本を読んでみてください係数 80/100


◆沼田 まほかる

1948年大阪府生まれ。

大阪府の寺に生まれる。85年大阪文学学校に学ぶ。離婚後、得度して僧侶となる。

会社経営等も経験、小説デビューは56歳。イヤミス(読んだ後にイヤな後味が残るミステリー)の旗手として注目される。

作品 「九月が永遠に続けば」「彼女がその名を知らない鳥たち」「アミダサマ」「痺れる」「ユリゴコロ」など

関連記事

『きのうの神さま』(西川美和)_書評という名の読書感想文

『きのうの神さま』西川 美和 ポプラ文庫 2012年8月5日初版 ポプラ社の解説を借りると、『ゆ

記事を読む

『119 (イチイチキュウ)』(長岡弘樹)_書評という名の読書感想文

『119 (イチイチキュウ)』長岡 弘樹 文春文庫 2022年3月10日第1刷 ベ

記事を読む

『血縁』(長岡弘樹)_書評という名の読書感想文

『血縁』長岡 弘樹 集英社文庫 2019年9月25日第1刷 コンビニの店員が男にナ

記事を読む

『偽医者がいる村』(藤ノ木優)_書評という名の読書感想文  

『偽医者がいる村』藤ノ木 優 角川文庫 2025年7月20日 8版発行 医療事故に苦しむ産科

記事を読む

『熱源』(川越宗一)_書評という名の読書感想文

『熱源』川越 宗一 文藝春秋 2020年1月25日第5刷 樺太 (サハリン) で生

記事を読む

『遮光』(中村文則)_書評という名の読書感想文

『遮光』中村 文則 新潮文庫 2011年1月1日発行 私は瓶に意識を向けた。近頃指がまた少し変

記事を読む

『夜がどれほど暗くても』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『夜がどれほど暗くても』中山 七里 ハルキ文庫 2020年10月8日第1刷 追う側

記事を読む

『眠れない夜は体を脱いで』(彩瀬まる)_書評という名の読書感想文

『眠れない夜は体を脱いで』彩瀬 まる 中公文庫 2020年10月25日初版 自分の

記事を読む

『死にゆく者の祈り』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『死にゆく者の祈り』中山 七里 新潮文庫 2022年4月15日2刷 死刑執行直前か

記事を読む

『サムのこと 猿に会う』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『サムのこと 猿に会う』西 加奈子 小学館文庫 2020年3月11日初版 そぼ降る

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『羆嵐』(吉村昭)_書評という名の読書感想文

『羆嵐』吉村 昭 新潮文庫 2026年12月20日 62刷発行

『妊娠カレンダー』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『妊娠カレンダー』小川 洋子 文春文庫 2020年12月20日 第2

『カフェーの帰り道』(嶋津輝)_書評という名の読書感想文

『カフェーの帰り道』嶋津 輝 東京創元社 2026年1月23日 4版

『きっと君は泣く』(山本文緒)_書評という名の読書感想文

『きっと君は泣く』山本 文緒 角川文庫 2026年1月25日 改版初

『彼女たちが隠したかったこと』(一木けい)_書評という名の読書感想文

『彼女たちが隠したかったこと』一木 けい 角川文庫 2026年1月2

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑