『透析を止めた日』 (堀川惠子)_書評という名の読書感想文

『透析を止めた日』 堀川 惠子 講談社 2025年2月3日 第5刷発行

私たちは必死に生きた。しかし、どう死ねばよいのか、それが分からなかった - 。

なぜ、透析患者は 安らかな死を迎えることができないのか? どうして、がん患者以外は緩和ケアを受けることさえできないのか? 透析を止めた夫。看取った著者。息をのむ医療ノンフィクション!

10年以上におよぶ血液透析、腎移植、再透析の末、透析を止める決断をした夫。その壮絶な最期を看取った著者が、自らの体験と、徹底した取材で記す、慟哭の医療ノンフィクション

〈序章より〉 「夫の全身状態が悪化し、命綱であった透析を維持することができなくなり始めたとき、どう対処すればいいのか途方に暮れた。医師に問うても、答えは返ってこない。私たちには、どんな苦痛を伴おうとも、たとえ本人の意識がなくなろうとも、とことん透析を回し続ける道しか示されなかった。そして60歳と3ヶ月、人生最後の数日に人生最大の苦しみを味わうことになった。それは、本当に避けられぬ苦痛だったか、今も少なからぬ疑問を抱いている。なぜ、膨大に存在するはずの透析患者の終末期のデータが、死の臨床に生かされていないのか。なぜ、矛盾だらけの医療制度を誰も変えようとしないのか。医療とは、いったい誰のためのものなのか」 (講談社)

60歳も過ぎると何かしら身体に不調があって、病院通いが欠かせません。朝晩何錠もの薬を飲んでいるのは、病気を治すためというより、症状をできるだけ抑制し現状を維持するためで、何かあれば入院して 「手術しましょう」 と。医師は至極あっさり、そんなことを言います。

幸い私は腎臓病でも、透析患者でもありません。「透析」 という言葉ぐらいは知っていましたが、今の今まで、腎不全により維持透析 (≒血液透析) を受けている多くの患者さんが、こんな、筆舌に尽くし難い苦しみを日々強いられているとは思いもしませんでした。

週に3回、一日4時間。それが滞れば即、死に到ります。素人目には点滴とさして変わらぬように見えたそれは、当事者 - 特に終末期を迎えた患者さんにとっては、受ける1回1回がまるで生き地獄のような痛みに耐えながら過ごす時間であることを、初めて知りました。

そしてその傍らで見守り世話をする人たちは、疲弊し、うちひしがれていたに違いありません。なす術はなく、襲い来る激痛を知りながら、それでも当座の痛みに耐えられず、死の間際、(著者の) 夫は 「透析を止める」 と言ったのでした。

難病を発症して38歳で透析を始め、2017年に60歳で逝った最愛の夫。生きるために1回4時間以上、週3回の透析を長年続けてきたが、その終末期は耐えがたい苦痛に襲われた。どうやったら痛みが少ない状態で死を迎えられるのか。調べても情報はなかった。緩和ケアはがん患者などに限定され、透析患者は緩和病棟に入れなかった。

「ほしい情報を後の人のために書かないと、目の前の悲しみや苦しみが無駄になる」

執筆を決意したのは、亡くなる2ヶ月前。「書くよ」。そう伝えると、夫は黙した。「書け」 ということだった。

ひと回り年上の夫はNHKのプロデューサーだった。かつてテレビの番組制作をしていた著者は一緒に仕事をするようになり、その後、結婚。「彼に出会わなければ、ここまで深くものを突き詰めて考えることはできなかった。本も書いていなかったかも」 と語るほど多大な影響を受けた。

そんな夫を失った悲しみは深く、当時の闘病記録を読み返すと吐き気がした。執筆は進まなかった。「取材者たれ」 と自らにムチを入れた。

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約35万人が受ける透析は腎臓病患者の命を救う医療だ。だが、年に4万人が亡くなる終末期についてはこれまで真剣な議論はなされてこなかった。「献体」 と思って書いた本書が 「医療制度を変えるきっかけになれば」 と願う。

昨年12月、出版の報告に墓参りをした。「夫の好きだったビールは持参したが、肝心の本を忘れてしまった」。そう言って穏やかに笑った。(「堀川惠子さん 「透析を止めた日」 インタビュー 夫の終末期から問う医療」 より (一部割愛) 朝日新聞2025年1月11日掲載 )

※「楽に死にたい」 「死なせてやりたい」 と願う - 真逆のことがここには書いてあります。当事者だったからこその一冊だろうと。

亡くなられたご主人の最期の時を思うと、胸が抉れて言葉も出ません。誰が 「水に溺れるような」 死に方がしたいものかと。それを承知で、敢えて見過ごすように死を待つだけの医療とは何なのでしょう? 人の命を、最期を、何だと思っているのでしょう。

この本を読んでみてください係数 90/100

◆堀川 惠子 1969年広島県三原市生まれ。広島大学総合科学部卒業。ノンフィクション作家。

『チンチン電車と女学生』 (小笠原信之氏と共著) を皮切りに、ノンフィクション作品を次々と発表。『死刑の基準 - 「永山裁判」 が遺したもの』 で第32回講談社ノンフィクション賞、『裁かれた命 - 死刑囚から届いた手紙』 で第10回新潮ドキュメント賞、『永山則夫 - 封印された鑑定記録』 で第4回いける本大賞、『教誨師』 で第1回城山三郎賞、『原爆供養塔 - 忘れられた遺骨の70年』 で第47回大宅壮一ノンフィクション賞、『戦禍に生きた演劇人たち - 演出家・八田元夫と 「桜隊」 の悲劇』 で第23回AICT演劇評論賞、『狼の義 - 新 犬養木堂伝』 (林新氏と共著) で第23回司馬遼太郎賞、『暁の宇品 - 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』 で第48回大佛次郎賞を受賞。

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