『棺桶も花もいらない』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『棺桶も花もいらない』朝倉 かすみ U – NEXT 2025年4月25日 初版第1刷発行

令和最強老年小説

映画化山本周五郎賞受賞平場の月、直木賞候補よむよむかたるに続く、朝倉かすみが描く老いと生。日雇い派遣、早期退職、天涯孤独、シングルマザー ・・・ 幸せかどうか分からないけど、生まれてきたから生きている。明日への諦念と今日への執念を抱える人々の生きざま。(U – NEXT)

本文中の 〈わたし〉 が思う、こんな文章があります。

わたしは生き生きしなくなった。
生き生きとは正反対のありさまである。
だれだったか生き生きの反対なら死に死にだろうと冗談口を叩いたことがあったが、まさにそのような状態だった。
わたしは死に死にと日を送っていた。

年を取り、世間のしがらみやあらぬプレッシャーからはほぼ解放されたと思いきや、それはまた、生きる気力が減退し、生き続けるための気概を失ってしまうことに繋がりかねません。独りならなおさらに、いっそ (思い通りに) 死ねたらと、ふと思うときがあるやもしれません。そんな人に、冒頭の 「令和枯れすすき」 はなかなかに衝撃的な一作です。

1.令和枯れすすき

わたしの手には粗い手描きの地図がある。あの人が書いたものだ。変わった風体の、毎週金曜に決まって日雇い派遣の事務所で会う、名前も知らないあの人。地図の目的地を、あの人は 「ずっとのおうち」 と言った。わたしは心から信じていたわけではない。けれど嘘のような本当の話で、今わたしの目の前にそれはある。そして、おそらくあの人はこの 「ずっとのおうち」 の中で・・・・・・・。短編小説の名手・朝倉かすみが贈る濃密で芳醇な掌篇世界。

主人公が出会った 〈あの人〉 は、(あのね、つっとのおうちの話なの) と言ったのでした。〈わたし〉 は最初 「つっとのおうち」 が何のことだかさっぱりわかりません。

ちらないの? つっとのおうち
あの人はまず言葉の説明をした。保護猫に里親が見つかると、そこん家を 「ずっとのおうち」 というのだそうだ。わたしがうなづくと、あの人は本題に入り、話し終えてこう言った。
とれがわたしたちの、つっとのおうちってわけなんでつよ
微笑し、わたしの顔を覗き込んだ。目が光っていた。あの人の黒目は、光ると、ふと、緑色に見える。その色がいつもわたしを少しだけ怯ませた。あの人の目の奥には果てしない野っ原が広がっていそうだった。(本文より)

〈あの人〉 の声はお腹になんの力も入っていません。「スの入ったゴボウみたいに割れていて聞きにく」 く、加えて滑舌の悪さったらありません。しかも語句の頭が出づらいらしく、犬でいえば 「うーーわん!」 の 「うーー」 くらいの間があきます。〈わたし〉 と 〈あの人〉 が出会ったのは、日給を受け取りに行く派遣会社の事務所でした。なかは密、コロナ禍でのことです。

2.ドトールにて
3.もう充分マジで
4.非常用持ちだし袋
5.みんな夢のなか
  

以上、全五編

この本を読んでみてください係数 85/100

◆朝倉 かすみ
1960年北海道小樽市生まれ。
北海道武蔵女子短期大学教養学科卒業。

作品 「肝、焼ける」「田村はまだか」「夏目家順路」「玩具の言い分」「ロコモーション」「恋に焦がれて吉田の上京」「満潮」「平場の月」「にぎやかな落日」他多数

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