『骨を彩る』(彩瀬まる)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/11 『骨を彩る』(彩瀬まる), 作家別(あ行), 彩瀬まる, 書評(は行)

『骨を彩る』彩瀬 まる 幻冬舎文庫 2017年2月10日初版

十年前に妻を失うも、最近心揺れる女性に出会った津村。しかし罪悪感で喪失からの一歩を踏み出せずにいた。そんな中、遺された手帳に「だれもわかってくれない」という妻の言葉を見つけ・・・・。彼女はどんな気持ちで死んでいったのか - 。わからない、取り戻せない、どうしようもない。心に「ない」を抱える人々を痛いほど繊細に描いた代表作。◎解説・あさのあつこ(幻冬舎文庫)

・・・・、わたしぐらいの年齢になると生きて重ねた年月はそれなりに重い。傷つかないための諦め癖とか、傷つけないための誤魔化し癖がいつの間にか身に付いてしまう。真剣に物事を考えない。

この手に掴めないものや失ったものに気が付かない振りをする。しかも、巧みに。そんな技も身に付けてしまう。それを悪いとは言い切れない。そうしなければ、生きていけない場合も多々あるのだ。

自分はきっとほかの人とは違う。特別な「何か」を持っている。そんな(身も蓋もない)勘違いを頼りに、私はずっと生きて来たように思います。

おそらく私は、偏屈・・・・だったのだろうと思います。最近さらにその傾向は顕著になりつつあるようにも感じられます。

歳をとり、さすがに自分が「特別」だとは思わなくなりました。偏屈で不器用な私は、周りと歩調を合わせるのが苦手で、それを思い違いして、他人は何も解ってなどいないと一人憤っていたのです。

こうしか他に手立てがないと思って言うことが、人にとってはさほどのことではない場合があります。半分くらいはそうだったかもしれません。なぜ解らないのか。その時は大いに腹が立ったのですが、今思うと、案外に的外れなことを言っていたのかもしれません。

周りとも自分とも上手く折り合って、心が痛むことをできるだけ遠ざけて、できるならなかったこととして忘れ去って、波風たたないように要領よくやりすごして・・・・大人の知恵とも呼ばれるそんな生き方を嗤うことはできない。

その知恵がないと、この世はたいそう生き辛い場所となるのだ。だから、いいのだ。それはそれでいい。けれど・・・・・。

(あさのあつこ氏曰く)彩瀬まるの作品群は「・・・・・」のところに突き刺さる、といいます。大人の知恵を働かすのは悪くはないが、それでは自分の姿はわからない。生き辛い今を呼吸している自分自身を見失ってしまう、といいます。

あらゆる感情が「定形」に落とし込まれて、わたしの怒りはわたしのものではなく、わたしの哀しみはわたしを素通りしてしまう。わたしは溶けて、世間という実体のないものに変わってしまう、といいます。

私は、何がもとで「自分は他人とは違う」と思うようになったのでしょう。誰ひとり同じ人などいはしないのに、そんなことはとうにわかっているのに、それでもそう思わずにいられなかったのはどうした訳なのでしょう。

あなたはあなたであり、わたしはわたしだ。

『骨を彩る』の五編もそうだ。繋がりながら別のもの、他の色に染まらぬものたちだ。繋がるというのは、人々の生きている空間が微妙に重なっているという意味ではない。津村が、玲子が、光恵が・・・・、誰もが胸に穴を穿たれている。

それらを、喪失、寂寞、悲哀、孤独、などと名を付けるのは簡単かもしれない。と氏はいいます。そして、

名は簡単に付く。でも、無意味だ。(中略)この一冊の中に生きる人々は、名付けようのない零れ、滴りに塗れた人たちだ。そういう意味で繋がっている。でも唯一だ。唯一の物語が五つある。と続けます。

※あさのあつこ氏の熱の入れ様がハンパなく強烈でしたので、「解説」の解説をしたみたいになりました。太字の部分はすべてあさの氏の文章からの引用です。ご容赦ください。

この本を読んでみてください係数  80/100

◆彩瀬 まる
1986年千葉県千葉市生まれ。
上智大学文学部卒業。

作品 「花に眩む」「サマーノスタルジア」「傘下の花」「あのひとは蜘蛛を潰せない」「伊藤米店」「神さまのケーキを頬ばるまで」「桜の下で待っている」他

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