『ぼくは悪党になりたい』(笹生陽子)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/14 『ぼくは悪党になりたい』(笹生陽子), 書評(は行)

『ぼくは悪党になりたい』笹生 陽子 角川書店 2004年6月30日初版

この小説は、多感な17歳の高校生・兎丸エイジ君の青春記です。

タイトルから想像するに、若者の病んだ精神がズタズタに切り刻まれるような凄惨さに溢れた話かなと思ったのですが、ひどい勘違いでした。

笹生陽子が元来児童文学作家であることが影響してかどうか、作品は全体として善意に包まれた暖かい色調の仕上がりになっています。

良く言えば、軽やかで最後までストレスなく読めます。逆に悪く言ってしまうと、薄味で刺激不足ということでしょうか。

・・・・・・・・・・

エイジの家は母子家庭で、家族は母親のユリコ、父親の違う弟のヒロトの3人家族です。

母親のユリコは、シングルマザー。輸入雑貨のバイヤーとして、年に数回世界各地に新商品を買いつけに行くというキャリアウーマンです。

若い頃からユリコは奔放で、エイジもヒロトも実の父親が誰なのか知らないまま育っています。

エイジは日頃から母親代わりで、炊事洗濯、ゴミ捨てなど家事全般をこなす、いまどき珍しい「できた」高校生でした。

ユリコが長期の海外出張で家を留守にした途端、事は発生します。

まず、弟のヒロトが熱を出して寝込んでしまいます。

修学旅行をまじかにしたエイジは考えあぐねた末、母親の「緊急時用」のアドレス帳から適当に選んだ「杉尾ヒデノリ」という男性に電話をして窮状を訴えます。

杉尾はすぐに駆けつけるのですが、「こんなに早く出会えるとは思ってなかった。驚いた」...妙なせりふを呟きます。

一方、エイジには羊谷という、めっぽうイケメンの親友がいました。ある日、羊谷の恋人・アヤからエイジは相談を受けます。

羊谷の様子が最近おかしい、浮気の調査をしてほしいとアヤは言うのです。

エイジが直接羊谷に問い質すと、羊谷はおよそ予想もしない奇妙なことの経緯を説明し出すのでした。

羊谷のことで頻繁に連絡を取り合うようになったエイジとアヤはやがて男女の仲になり、それは思わぬ事態へと展開して行きます。

・・・・・・・・・・

羊谷、杉尾、そしてアヤのキャラが際立ちます。母親のユリコは、思ったほどの絡みがなくて少々影が薄い感じです。

最初に書いたように、登場人物は基本的に善意ある常識人ばかりです。

アヤだけは最後までワルなのですが、家がかなりの資産家で親があっさりと娘の尻拭いをしてしまうところなどはちょっと拍子抜けしてしまいます。

いずれにせよ、読む前に勝手にイメージした悪意はどこにも見当たりません。(あくまでも私のイメージです)

エイジが『ぼくは悪党になりたい』などと思うこと自体が、彼がすこぶる真っ当で年齢に相応しい若者である何よりの証拠なのです。

この本を読んでみてください係数 70/100

◆笹生 陽子

1964年東京都生まれ。

慶應義塾大学文学部人間関係学科人間科学専攻卒業。

作品 「きのう、火星に行った。」「ぼくらのサイテーの夏」「さよならワルガキング」「楽園のつくりかた」「世界がぼくを笑っても」「空色バトン」など

◇ブログランキング

応援クリックしていただけると励みになります。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『ぼくとおれ』(朝倉かすみ)_たったひとつの選択が人生を変える。ってかあ!?

『ぼくとおれ』朝倉 かすみ 実業之日本社文庫 2020年2月15日初版 1972年

記事を読む

『破蕾』(雲居るい)_書評という名の読書感想文

『破蕾』雲居 るい 講談社文庫 2021年11月16日第1刷 あの 冲方 丁が名前

記事を読む

『姫君を喰う話/宇能鴻一郎傑作短編集』(宇能鴻一郎)_書評という名の読書感想文

『姫君を喰う話/宇能鴻一郎傑作短編集』宇能 鴻一郎 新潮文庫 2021年8月1日発行

記事を読む

『僕はロボットごしの君に恋をする』(山田悠介)_幾つであろうと仕方ない。切ないものは切ない。

『僕はロボットごしの君に恋をする』山田 悠介 河出文庫 2020年4月30日初版

記事を読む

『僕らのごはんは明日で待ってる』(瀬尾まいこ)_書評という名の読書感想文

『僕らのごはんは明日で待ってる』瀬尾 まいこ 幻冬舎文庫 2016年2月25日初版 兄の死以来、人

記事を読む

『憤死』(綿矢りさ)_書評という名の読書感想文

『憤死』綿矢 りさ 河出文庫 2015年3月20日初版 「憤死」 この短編は、文字通り「憤死

記事を読む

『春の庭』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『春の庭』柴崎 友香 文春文庫 2017年4月10日第一刷 東京・世田谷の取り壊し間近のアパートに

記事を読む

『ブルーもしくはブルー』(山本文緒)_書評という名の読書感想文

『ブルーもしくはブルー』山本 文緒 角川文庫 2021年5月25日改版初版発行 【

記事を読む

『ぼっけえ、きょうてえ』(岩井志麻子)_書評という名の読書感想文

『ぼっけえ、きょうてえ』岩井 志麻子 角川書店 1999年10月30日初版 連日、うだるような暑

記事を読む

『ポイズンドーター・ホーリーマザー』(湊かなえ)_書評という名の読書感想文

『ポイズンドーター・ホーリーマザー』湊 かなえ 光文社文庫 2018年8月20日第一刷 女優の弓香

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『黒猫亭事件』(横溝正史)_書評という名の読書感想文

『黒猫亭事件』横溝 正史 角川文庫 2024年11月15日 3版発行

『一心同体だった』(山内マリコ)_書評という名の読書感想文

『一心同体だった』山内 マリコ 集英社文庫 2025年4月25日 第

『夜の道標』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『夜の道標』芦沢 央 中公文庫 2025年4月25日 初版発行

『フクロウ准教授の午睡 (シエスタ)』(伊与原新)_書評という名の読書感想文

『フクロウ准教授の午睡 (シエスタ)』伊与原 新 文春文庫 2025

『長くなった夜を、』(中西智佐乃)_書評という名の読書感想文

『長くなった夜を、』中西 智佐乃 集英社 2025年4月10日 第1

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑