『死にたくなったら電話して』(李龍徳/イ・ヨンドク)_書評という名の読書感想文

『死にたくなったら電話して』李龍徳(イ・ヨンドク) 河出書房新社 2014年11月30日初版

「人類なんて滅びてしまえ」 全選考委員大絶賛! 第51回文藝賞受賞
彼女の悪意で、禁断の扉が開く。至福の「心中」小説

本に巻かれた帯の刺激的な文句もさることながら、私は写真に写る李龍徳の不敵な面構えに強く惹かれました。

相手を射抜くようで冷めてもいる視線に、ときに生臭く剥き出しで虚飾のない生きざまが描かれている物語を予感しました。

その予感はみごとに的中し、久しぶりに震えるような手応えを感じつつ惜しみながらも一気に読み終えました。

並みの新人とは次元が異なる魂を感じます。読み終わる前に、私はもう次の小説が読みたくなっていました。

・・・・・・・・・・

主人公の徳山久志は、かなりのイケメンで現在は浪人生。しかも三浪で、居酒屋でアルバイトをしながら宅浪の身です。

ミミちゃんこと山仲初美は、<淀川区でいちばん美人>と噂される人気のキャバ嬢で、久志はバイト仲間と行った早朝キャバクラで初めて初美と出会うのですが、
帰る間際にそっと名刺を渡されます。名刺の裏には、店用ではない個人の携帯番号とメッセージが書かれてありました。

「しんどくなったり死にたくなったら電話してください。いつでも。」...「いつでも」の文字にはアンダーラインまで引いてあります。

翌日からは毎日のように、どころか日に二回は初美から電話がかかってくるようになります。

初美の積極的なアプローチに反して、最初の頃の久志は懐疑的で交際に乗気ではなかったのですが、めげない初美に絆されてとうとう動物園へ行く約束をします。

動物園に行ったその日に久志のアパートで二人は男女の仲になり、食事の後今度は初美のマンションへ向かいます。

初美の部屋は女の子っぽくなく、目立つのはスチール製の大きな本棚でした。

本棚には「殺人」「残酷」「地獄」「猟奇」「拷問」といった悍ましいタイトルの本が並び、フロイトやユング、ニーチェやマルクスの本まで揃っていました。
・・・・・・・・・・
ここから初美の怒涛のアジテーションが始まります。

細井和喜蔵の「女工哀史」から始まり、アイヌの悲劇、チンギス・ハンやバタイユのジル・ド・レ論、魔女狩りや旧ユーゴスラヴィアの収容所の話など、
初美は世界の残虐史を次から次へと楽しそうに久志に聞かせるのでした。その間の二人は全裸で、ときには性交の最中でも初美の話は途切れません。

残酷話と性の放出は一週間近く続きます。世界の奴隷制、スターリン、文化大革命、戦争と虐殺から介護や借金地獄、ストーカー体験と過労死、
児童虐待や障害者差別と初美の話は延々と続き、話の過激さに呼応するように二人の性的高揚は上昇して研ぎ澄まされ、逆に久志の罪悪感は限りなく希薄なものになって行くのでした。

初美のキャラが際立つ話。久志の中学時代からの友人・藤倉が関係する怪しいネットワークビジネスの話をすると、初美は並々ならぬ関心を示します。
藤倉を訪ねてビジネスの説明を受ける初美ですが、先輩格の中原の話を一蹴すると、VIP席にいる幹部と直接話がしたいと迫ります。

もうひとつ。形岡は、久志のアルバイト先の女性社員でした。突然アルバイトを辞めた久志に、形岡から長いメールが届きます。
かつて久志は形岡を尊敬し、形岡も久志を憎からず思っていた間柄です。メールを読んだ初美は、自分が返信を書いていいかと久志に尋ねます。

形岡からのメールが届く頃、初美は既に仕事を辞め久志も何もせぬまま、二人はマンションの部屋に引き籠る毎日を過ごしていました。

食事も十分に摂らずただ眠るだけの二人は、日を追って死へと近づきつつあるようにみえます。

はたして、久志は初美に洗脳されたのでしょうか。初美の悪意は始まりからの、意図した企てだったのでしょうか。大いなる虚無を前にして、二人は動くことをやめようとしています。

この本を読んでみてください係数 90/100


◆李龍徳(イ・ヨンドク)

1976年埼玉県生まれ。

早稲田大学第一文学部卒業。在日韓国人三世。この作品で第51回文藝賞を受賞、作家デビュー。

◇ブログランキング

応援クリックしていただけると励みになります。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『世界から猫が消えたなら』(川村元気)_書評という名の読書感想文

『世界から猫が消えたなら』川村 元気 小学館文庫 2014年9月23日初版 帯に「映画化決定!」

記事を読む

『殺人鬼フジコの衝動』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文

『殺人鬼フジコの衝動』真梨 幸子 徳間文庫 2011年5月15日初版 小学5年生、11歳の少

記事を読む

『くちなし』(彩瀬まる)_愛なんて言葉がなければよかったのに。

『くちなし』彩瀬 まる 文春文庫 2020年4月10日第1刷 別れた男の片腕と暮ら

記事を読む

『犬』(赤松利市)_第22回大藪春彦賞受賞作

『犬』赤松 利市 徳間書店 2019年9月30日初刷 大阪でニューハーフ店 「さく

記事を読む

『しゃべれども しゃべれども』(佐藤多佳子)_書評という名の読書感想文

『しゃべれども しゃべれども』佐藤 多佳子 新潮文庫 2012年6月10日27刷 俺は今昔亭三つ葉

記事を読む

『二千七百の夏と冬』(上下)(荻原浩)_書評という名の読書感想文

『二千七百の夏と冬』(上下)荻原 浩 双葉文庫 2017年6月18日第一刷 [物語の発端。現代の話

記事を読む

『北斗/ある殺人者の回心』(石田衣良)_書評という名の読書感想文

『北斗/ある殺人者の回心』石田 衣良 集英社 2012年10月30日第一刷 著者が一度は書き

記事を読む

『でえれえ、やっちもねえ』(岩井志麻子)_書評という名の読書感想文

『でえれえ、やっちもねえ』岩井 志麻子 角川ホラー文庫 2021年6月25日初版

記事を読む

『そして、海の泡になる』(葉真中顕)_書評という名の読書感想文

『そして、海の泡になる』葉真中 顕 朝日文庫 2023年12月30日 第1刷発行 『ロスト・

記事を読む

『邪魔』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『邪魔』奥田 英朗 講談社 2001年4月1日第一刷 『最悪』と双璧をなす、奥田英朗のクライム・

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『絞め殺しの樹』(河﨑秋子)_書評という名の読書感想文

『絞め殺しの樹』 河﨑 秋子 小学館文庫 2024年4月10日 初版

『つまらない住宅地のすべての家』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『つまらない住宅地のすべての家』津村 記久子 双葉文庫 2024年4

『悪逆』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『悪逆』黒川 博行 朝日新聞出版 2023年10月30日 第1刷発行

『エンド・オブ・ライフ』(佐々涼子)_書評という名の読書感想文

『エンド・オブ・ライフ』佐々 涼子 集英社文庫 2024年4月25日

『アトムの心臓 「ディア・ファミリー」 23年間の記録』(清武英利)_書評という名の読書感想文

『アトムの心臓 「ディア・ファミリー」 23年間の記録』清武 英利 

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑