『いのちの姿/完全版』(宮本輝)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/10 『いのちの姿/完全版』(宮本輝), 作家別(ま行), 宮本輝, 書評(あ行)

『いのちの姿/完全版』宮本 輝 集英社文庫 2017年10月25日第一刷

自分には血のつながった兄がいる。後年その異父兄を訪ね邂逅した瞬間を鮮やかに描く「兄」。十歳の時に住んでいた奇妙なアパートの住人たちの日常が浮かぶ「トンネル長屋」など、まるで物語のような世界が立ち上る - 。自身の病気のこと、訪れた外国でのエピソード。様々な場面で人と出会い、たくさんのいのちの姿を見つめ続けた作家の、原風景となる自伝的随筆集。新たに五篇を収録した完全版。(集英社文庫)

映画監督・行定勲氏による解説の冒頭 - はじめて宮本輝という作家の存在を知ったのは私が小学六年生の時だったと思う。祖父に連れられ熊本市内の映画館で『泥の河』を観たときだった。(中略)あきらかに私がそれまでに観てきた映画が作り物に思えるくらい、すべてが本物に思えた。・・・・・・・ 私は映画の中の闇の奥にあるものの実態が何なのか知りたいと思い、映画を観た帰りに祖父にねだって小説『泥の河』の単行本を買ってもらった。

それ以来、宮本輝の小説をとりつかれたように読んだ。何度も血を滾らせるような想いにさせられた。読みはじめるといつも、自分の心についた染みが浮きぼりになっていく。いくら洗っても取れないような染みで、油が飛んで出来たものなのか、かさぶたを無理矢理に剥がしてしまって出来た血の跡なのか、もしかすると返り血かもしれない。

気にしていると、「そんなものはただ汚れて出来た染みだよ」と言われているような気分になっていく。どんな染みのついた人生にも見上げると美しい星空が広がっている、そんな奇跡のような光景があることを、それを知らずに生きている私たちに気づかせてくれるのが宮本文学の素晴らしさだ。私は何度も救われた。(P194.195)

この本には、行定監督をしてこう言わしめる、作家・宮本輝の【原風景】が余すところなく記されています。それはいかばかりか不幸で、辛く貧しい時代の記憶でもあります。

叔母が住む奇妙なアパートに一年間預けられた時の話。

少年は十歳の時、 “絵に描いたような” 違法建築の「トンネル長屋」で、孤独死した老人を発見したり、包丁を持って現れた男が女を刺すところを目撃したりします。長屋には飲み屋の二階で客を取る女や、占い師をしている自称「詩人」の女、ヒロポンを売る中年男などがいます。

ある時少年は、顔見知りでもない元教師の男から部屋の南京錠を外からかけて欲しいと頼まれます。その数日後、元教師の部屋から腐乱臭がしてくるという事態が発生します。男は睡眠薬を大量に飲んで自殺していたのでした。等々。

大阪は尼崎、東難波にあったというトンネル長屋で、名もなき人々の 「生き死に」 を間近に見た少年は、その様子に、その顛末に何を感じたのだろう。少年のその後の人生に、それは何を齎したのだろうか。そんな話が書いてあります。

この本を読んでみてください係数 80/100

◆宮本 輝
1947年兵庫県神戸市生まれ。
追手門学院大学文学部卒業。

作品 「泥の河」「螢川」「優駿」「約束の冬」「骸骨ビルの庭」「三千枚の金貨」他多数

関連記事

『海の見える理髪店』(荻原浩)_書評という名の読書感想文

『海の見える理髪店』荻原 浩 集英社文庫 2019年5月25日第1刷 第155回直木

記事を読む

『夫の骨』(矢樹純)_書評という名の読書感想文

『夫の骨』矢樹 純 祥伝社文庫 2019年4月20日初版 昨年、夫の孝之が事故死し

記事を読む

『ウエストウイング』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『ウエストウイング』津村 記久子 朝日文庫 2017年8月30日第一刷 女性事務員ネゴロ、塾通いの

記事を読む

『あなたが殺したのは誰』(まさきとしか)_書評という名の読書感想文

『あなたが殺したのは誰』まさき としか 小学館文庫 2024年2月11日 初版第1刷発行 累

記事を読む

『フェルメールの憂鬱 大絵画展』(望月諒子)_書評という名の読書感想文

『フェルメールの憂鬱 大絵画展』望月 諒子 光文社文庫 2018年11月20日初版1刷

記事を読む

『アミダサマ』(沼田まほかる)_書評という名の読書感想文

『アミダサマ』沼田 まほかる 光文社文庫 2017年11月20日初版 まるで吸い寄せられるように二

記事を読む

『女ともだち』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文

『女ともだち』真梨 幸子 講談社文庫 2012年1月17日第一刷 「その事件は、実に不可解で

記事を読む

『悪人』(吉田修一)_書評という名の読書感想文

『悪人』吉田 修一 朝日文庫 2018年7月30日第一刷 福岡市内に暮らす保険外交

記事を読む

『家系図カッター』(増田セバスチャン)_書評という名の読書感想文

『家系図カッター』増田 セバスチャン 角川文庫 2016年4月25日初版 料理もせず子育てに無

記事を読む

『風の歌を聴け』(村上春樹)_書評という名の読書感想文(書評その1)

『風の歌を聴け』(書評その1)村上 春樹 講談社 1979年7月25日第一刷 もう何度読み返した

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『鑑定人 氏家京太郎』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『鑑定人 氏家京太郎』中山 七里 宝島社 2025年2月15日 第1

『教誨師』 (堀川惠子)_書評という名の読書感想文

『教誨師』 堀川 惠子 講談社文庫 2025年2月10日 第8刷発行

『死神の精度』(伊坂幸太郎)_書評という名の読書感想文

『死神の精度』伊坂 幸太郎 文春文庫 2025年2月10日 新装版第

『それでも日々はつづくから』(燃え殻)_書評という名の読書感想文

『それでも日々はつづくから』燃え殻 新潮文庫 2025年2月1日 発

『透析を止めた日』 (堀川惠子)_書評という名の読書感想文

『透析を止めた日』 堀川 惠子 講談社 2025年2月3日 第5刷発

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑