『奴隷小説』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2017/12/07
『奴隷小説』(桐野夏生), 作家別(か行), 書評(た行), 桐野夏生
『奴隷小説』桐野 夏生 文芸春秋 2015年1月30日第一刷
過激です。
桐野夏生の新刊『奴隷小説』はタイトル通り、著しく虐げられた、《奴隷のような》人々の話です。何かに囚われて、奴隷的な状況であることだけが共通する7つの短編が収められています。内容はともかく、桐野夏生にしか書けない小説であることは間違いありません。
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以前、『I’m sorry,mama.』を読んだとき、私は冒頭にこんなことを書いています。
桐野夏生は、なぜこんな小説を書くのだろう、どうしてこんな小説が書けるのか、とよく思います。小説の内容は、およそ本人とは別世界の出来事で、メディアで見たり聞いたりする彼女のイメージとは対極にあるような、凄惨で荒んだ話です。
この人の小説には、大なり小なり似たような感想はつきものなのですが、『I’m sorry,mama.』はその中でも際立った作品です。しかし、今回の『奴隷小説』はそれにも増して異色で、桐野夏生の果てしない想像力と感性でなる出色の作品です。
冒頭の「雀」は、村の長老との結婚を拒否する女は、すべからく舌を抜かれてしまうという話。それが村の掟です。村の娘・スズメの母親は、長老の誘いを拒絶した上に、結婚もしていない身で子供を生んだ罰で、舌を切られた上に左目も潰されています。
続く「泥」と最終話の「山羊の目は空を青く映すか」は、悍ましいテロ組織「イスラム国」や、未知なる隣国・北朝鮮を連想させる 《虜囚》 の話です。
「泥」では、多くの女子高生が泥に囲まれた島に囚われています。茶褐色できめ細かい泥の海に生物の気配はなく、まるで巨大な団子の種のようです。彼女らは首都の私立女子高の生徒ですが、政府との交渉のための人質として囚われの身となっています。
しかし、交渉が決裂して人質の意味がなくなると、兵士は彼女たちにこう言い放ちます。
「おまえたちは、自分がどんな立場にあるのか、知る必要がある。おまえたちは女である。だから、男に所属する物だ。」 そして 「これから男たちに分配されることになった」と。
「山羊の目は・・・」の舞台は、明らかに北朝鮮の「収容所」を模している風です。「管理所」に収容されているのは、国家反逆罪を犯した人間で、彼らを見張るのが「監視様」、囚人たちは「山羊の群れ」と呼ばれて蔑まれています。
「神様男」の舞台は一転して、現代の日本。友梨奈は、頑張っているけれど売れないアイドルです。そんな彼女に、30代も半ばを過ぎた男が激励の言葉をかけます。
「REAL」:アサミは、ブラジルへやって来ました。サンパウロの空港で久しぶりに出会ったヨシエとは大学時代の同級生です。空港での二人の会話は、噛み合ったり擦れ違ったりで微妙です。感情と言葉と動作が、揺れ動いて定まりません。
「ただセックスがしたいだけ」の主人公は、日本の極北にある炭鉱労働村で働く一人の青年です。「泥」の島と同様に他に行き場のない、男だけの村です。1年の内で川が凍る時期に限って、対岸にあるという違う国から何人もの女がやって来ます。
「告白」は、鎖国時代の話。些細なことで藩の役人を殺してしまったヤジローは、船を乗り継ぎ、やっとの思いでアラビア海に面するゴアに辿り着きます。下船した海岸でヤジローが声をかけられたのは、物乞いらしき、貧相で痩せた一人の老人でした。
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囚われの身になれば、男も女も物あつかい。歯向かったり役に立たなくなった男は容赦なく処罰を受け、女は殺される以上の屈辱をもって男に蹂躙されるのです。間際に立たされたとき、彼らに自らの意思を貫くすべはあるのでしょうか。
桐野夏生が伝えたいのは、遠い昔の話や他国の出来事ではありません。現在、今ここで起きている、あるいは起きつつある抑圧や隷属を強いられる状況のことです。表向きはそうとは見えない、ひょっとすると本人さえ無自覚なままの、痛ましい現状から抜け出す手立てを示唆しているのです。
この本を読んでみてください係数 90/100
◆桐野 夏生
1951年石川県金沢市生まれ。父親の転勤で3歳で金沢を離れ、仙台、札幌を経て中学2年生で東京都武蔵野市に移り住む。
成蹊大学法学部卒業。
作品 「顔に降りかかる雨」「OUT」「グロテスク」「錆びる心」「ジオラマ」「残虐記」「魂萌え!」「東京島」「IN」「ナニカアル」「だから荒野」「夜また夜の深い夜」他多数
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