『17歳のうた』(坂井希久子)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/09
『17歳のうた』(坂井希久子), 作家別(さ行), 坂井希久子, 書評(さ行)
『17歳のうた』坂井 希久子 文春文庫 2019年5月10日第1刷

地方都市で生きる5人の17歳を描く作品集だが、マグロ漁師の家に生まれた留子の日々を描く短編 「Hero」 は、従姉妹の奈美と4年ぶりに会うシーンから始まっている。留子の父と奈美の父は仲が悪く、同じ年というのに遊んだことがなく、ばあちゃんの葬式の日に函館からやってきた奈美と初めて出会う。
乱暴な兄たちにいつも泣かされていた留子は嬉しくて葬式の間ずっと奈美の手を握っていた。それからは密かに文通していたが、それが段々間遠になり、高校に入って剣道の試合の日に再会しても、昔のような蜜月はもうなくなっている。そのさりげないすれ違いを背景に、漁師になりたい留子の夢と、仲のいい両親との日々を鮮やかに描いていく。(北上次郎/日本経済新聞夕刊 2016年11月24日付)
(それが17歳の時だったかどうかはともかくも) 奈美に対し、留子が感じた “すれ違い” の感覚というのは、とてもよくわかります。
奈美は変わることなく留子の従姉妹ではあったのですが、彼女は彼女の暮らしの中で、既に留子以上に大切な繋がりがあることに気が付いています。ないがしろにするわけではないのですが、奈美にとって留子は、もはや従姉妹以外の何者でもない存在になり下がっています。
17歳 (高校二年生) でありながら、奈美は自分の将来をしっかりと見据えています。内申点を上げ、学校推薦を受け大学へ行き、ひいては高校の先生になろうと、敢えて剣道部の部長になったといいます。
一方その頃の留子はというと、こんなていたらくでいます。
どうやら私はこの美しく成長した従姉妹に、引け目を感じているらしい。
私たちはいつの間に、こんなに違ってしまったんだろう。卒業してからのことなんて、できればなにも考えたくなかった。だって、私にはなにもない。夢も目標も才能も、好きな男の子さえいないのだ。
このままだらだらと、十七歳が続けばいい。(P63)
17歳の、これもまた現実ではあったのです。しかし、留子が本当に絶望的かというと、実はそうではありません。留子には小さい頃に憧れた、ある夢があります。但し、彼女が描く夢の実態があまりに彼女の近くにあるせいで、かえってそれに気付かずにいます。
留子には、まだ何も見えていません。、というか、17歳の彼女には他にするべきことや考えることが山ほどあり、それをすっかり忘れています。
※紹介した短編 「Hero」 は、5つの中でも比較的スタンダードな作品で、読み易くわかり易いものだと思います。中には - 私は著者が書くこんなのが初めてで驚いたのですが - 結構 “エグい” ものもあります。
それぞれの物語に登場する17歳の、その 「生き難さ」 を感じてください。そしてそっと、その頃の自分を思い出してみてください。
高校進学を諦め、舞妓になった彩葉、漁師の生き方に憧れる留子、ヤンキー仲間に一目おかれるマリエ、家業の神職を継ぎたい千夏、売れないご当地アイドルみゆき。
次から次へと押し寄せる人生の選択肢に彼女たちが選んだ道とは - 。まぶしくてちょっと甘酸っぱい5人の少女が紡ぎだす地方発青春エンタテインメント。(文春文庫)
この本を読んでみてください係数 80/100

◆坂井 希久子
1977年和歌山県生まれ。
同志社女子大学学芸学部日本語日本文学科卒業。
作品 「虫のいどころ」「ヒーローインタビュー」「泣いたらアカンで通天閣」「ただいまが、聞こえない」「ウィメンズマラソン」「こじれたふたり」他
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