『百舌落とし』(逢坂剛)_書評という名の読書感想文
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『百舌落とし』(逢坂剛), 作家別(あ行), 書評(ま行), 逢坂剛
『百舌落とし』逢坂 剛 集英社 2019年8月30日第1刷
後頭部を千枚通しで一突き。そして、鳥の羽根が一枚。殺戮の本能を持ち、速贄 (はやにえ) の儀式に酔う魔性の鳥 - 百舌に擬えた殺人者は、またも姿を現わしたのでした。
1986年 『百舌の叫ぶ夜』
1988年 『幻の翼』
1992年 『砕かれた鍵』
1996年 『よみがえる百舌』
2002年 『鵟の巣』
2015年 『墓標なき街』
・・・・・・・ そして物語は驚愕の結末へ。殺し屋 “百舌” との最後の戦いが、いまここに幕を開ける。
〈百舌〉 の登場は、先年やむなく政界を引退したとある老人の、ある日のバードウォッチングに端を発します。多摩川沿いの緑地公園でするバードウォッチングは、このところの老人の数少ない気晴らしの一つでした。
ズームレンズを、いつも締めの観察対象にしている、ひときわ深い木立ちの方へ向ける。
ズームの倍率を上げ、慎重にレンズを左右に動かす。
ゆっくりと往復させるうちに、ふと妙なものが液晶画面をかすめた。
急いでレンズをもどし、見やすいように画面の角度を変える。
何度か向きを上下させると、画面に白いカードのようなものが現れた。
さらに倍率を上げて、ピントを合わせる。
白いカードが、大写しになった。その表面に、赤い色で几帳面に書かれた、矢印が見えた。
矢印は、左斜め上を指している。何かを示す、案内の印のようだ。
レンズを、その方向に向けてゆっくり動かすと、ほどなく別の矢印が現れた。
それらを、次つぎに画面で追いながら、レンズを動かす。すると五度目に、やっと野鳥らしきものの画像が、映し出された。
(老人が撮った写真には - )
百舌は足を、ごく細いテグスのようなもので、枝に留められていた。そのために、飛び立てずにいたのだった。
だれがこんなことをしたのか。矢印まで用意して、その存在を人に知らせようとするとは、どういうつもりだろう。
ふと思いついて、今度は過眼線の部分を拡大してみる。
同じ黒なので色が沈み、目を調べることができない。しかし、いくら黒い目でも見分けがつかない、というのはおかしい。
首をひねりながら、画像を近づけたり遠ざけたりするうちに、またきらりと小さく光るものを、見つけた。
点のようなものが、上下二つに並んでいる。
ためつすがめつしているうちに、突然それが何なのか分かった。
驚いて、顎を引く。それは、おそらく足を縛っているのと同じ、テグスの小さな結び目だった。
口の端から、よだれが流れ落ちるのを、意識する。
老人は呆然として、その画像を見つめた。(本文より/部分部分を割愛しています)
足を縛られて激しく鳴く鳥は、その上まぶたを縫い合わされていたのでした。百舌はその老人 - 民政党のかつての大物政治家・茂田井滋 - が最も嫌う鳥の名前で、〈百舌落とし〉 と呼ばれるそれは、老人に対し、無理にも見せつけようと仕組まれたものでした。
その日、日付けが変わる直前の、午後十一時五十分頃のことです。茂田井滋の妻・早智子から、夫が殺害されたとの110番通報が入ります。茂田井は寝室のベッドの中で、首筋に千枚通しを突き立てられ、絶命していたのでした。
なぜ今ごろ、茂田井が? 倉木尚武亡き後この 〈百舌シリーズ〉 を牽引する大杉良太と倉木美希は、間違いなくこれは 〈百舌〉 絡みの事件だと考えます。大杉は、そうでなければ 「だれがあんな八十近いじじいを、殺すものか。残間は言葉を濁したが、〈百舌〉 が絡んでいるに違いない」と。その残間が攫われて、行方不明になります。
かつて新聞社論説委員の残間が追いかけた、商社の違法武器輸出。過去の百舌事件との関わり合いを見せたことから露わになったこの事件は、一時的な収束をみた。しかし、そこへ新たな展開が訪れる。元民政党の議員、茂田井滋が殺されたのだ。しかも両目のまぶたの上下を縫い合わされた状態で。既に現役を退ている彼の殺害理由は何か。彼は何を知っていたのか。探偵となった元警視庁の大杉、彼の娘で現役警官のめぐみ、公安安全局にいる倉木美希はそれぞれ独自に捜査を始める -- 。殺し屋百舌の正体は!? 捜査が進むに従って、次々に百舌の凶弾に倒れる関係者。大杉たちは真の黒幕に辿り着くことができるのか。三十年以上にわたり書き継がれてきた伝説の百舌シリーズ、堂々の完結。(集英社)
この本を読んでみてください係数 85/100
◆逢坂 剛
1943年東京都文京区生まれ。
中央大学法学部法律学科卒業。
作品 「カディスの赤い星」「屠殺者よグラナダに死ね」「百舌シリーズ」「岡坂伸策シリーズ」「御茶ノ水警察署シリーズ」「イベリアシリーズ」「禿鷹シリーズ」他多数
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