『もう、聞こえない』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『もう、聞こえない』誉田 哲也 幻冬舎文庫 2023年10月5日 初版発行

取調べは順調だった。声が聞こえるんです。傷害致死事件の被疑者がそう答えるまでは・・・・・・・。取調べ室の刑事と被疑者 作者とあなた 腹の探り合いが、いま始まる。

傷害致死容疑で逮捕された週刊誌の編集者・中西雪実。罪を認め聴取に応じるも、動機や被害者との関係については多くを語らない。さらに、突然 「声が、聞こえるんです」 と言い始め・・・・・・・。これは要精神鑑定案件か。一向にわからぬ被害者男性の身元。ふたつの事件を繋げたのは、“他界した一人の女性“ だった。(幻冬舎文庫)

とても面白い。たぶん、これと似た小説をこれまで私は読んだことがありません。著者の “十八番“ の警察小説だとばかり思っていたものが、(確かに警察小説であるにはあるのですが) 中盤以降、まるで景色の違う話へ変化をします。ありえない話だと思いつつ、結局、読むのを止められません。

冒頭で描かれるのは、高井戸警察署の裏手にある喫煙所。加熱式タバコをスタンド灰皿に捩じ込む警視庁本部の刑事部捜査第一課の刑事・武脇元は、被疑者の取り調べを命じられてここに来た。相手は出版社勤務の中西雪実、三十一歳。浜辺友介と称する男性を自宅で死亡させたとして逮捕されたが、被害者との関係、動機など、詳しいことは分かっていない。強面の刑事による高圧的な取り調べでは埒が明かないと判断され、優しげな武脇に白羽の矢が立ったというわけだ。

この時点で読み手は本作が一般的な警察小説だと信じて疑わない。雪実は少しずつ対話に応じるようになるが、その口から出てきたのは 「声が、聞こえるんです」 という思わぬ言葉。なるほど、被疑者は本当に常軌を逸した精神状態だったのか、あるいは演じているのかをめぐって物語が展開されるのだな・・・・・・・と合点がいった時点で、著者の掌のうえできれいに踊らされている。

やがて語られる、「ゆったん」 「みんみ」 のあだ名で呼び合った二人の少女の友情、すれ違い、そして、不意に訪れた悲しい別れ、残された少女はやがて出版社に就職し、週刊誌記者として親友を襲った悲劇の真相を解き明かそうと奮闘するのだが - 。叙述トリックも駆使して、著者は巧妙に読み手をミスリードしていく。そして半分ほど読み進めたところで、物語りは急旋回。警察小説かと思わせた物語が実は、ゴーストストーリーでもあったことを読者は知ることになる。(解説より)

※ “リアルなものでないと読む気がしない“ と思うあなにこそ、読んでほしい一冊です。起こるはずのない話の展開に、胸が熱くなるのはなぜなんでしょう。何が、心を揺らすのでしょう。

この本を読んでみてください係数  85/100

◆誉田 哲也
1969年東京都生まれ。
学習院大学経済学部経営学科卒業。

作品 「妖の華」「アクセス」「ストロベリーナイト」「ハング」「あなたが愛した記憶」「背中の蜘蛛」「主よ、永遠の休息を」「レイジ」「ジウ」シリーズ 他多数

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