『ばにらさま』(山本文緒)_書評という名の読書感想文

『ばにらさま』山本 文緒 文春文庫 2023年10月10日 第1刷

日常の風景の中で、光と闇を鮮やかに感じさせる凄み 読み進むうちにぞっと背筋が冷えるような仕掛け 「えっ と思わず声が出るほど巧みな構成 二度読み必至! 引きずり込まれる魅力満載の山本文緒文学! 著者最後の小説集

そんなにも不安なのか。

彼女は、雑誌の中のモデルみたいに細くて綺麗で、優しく笑っていて、寒そうで・・・ 直木賞受賞作プラナリアに匹敵する、鮮やかで巧みな傑作集!

モテない僕の初めての恋人は、白くて細くて、手が冷たくて (「ばにらさま」)。自分勝手な親友から持ちかけられた同居を、私は決して断れない (「菓子苑」)。かつての同級生が私に遺した意外なものとは (「子供おばさん」)。日常の風景がガラリと一転する - 光と闇に圧倒される戦慄の6編。(文春文庫)

山本文緒という名前は知っていました。ただ、特に読みたいとは思いませんでした。読み出したのは仕事を辞めたあと、年を取ってからのことです。きっかけは 『プラナリア』 という小説で、めぼしい本がない中で、「直木賞受賞作」 ということで、“ダメ元“ で買ったのが最初でした。

それからは何冊も読みました。一冊読むと、次が読みたいと思うようになりました。5~6冊読んだ頃だったでしょうか、著者が亡くなったことを知りました。

基本的に物語というものは、生活を排除しがちである。ハリー・ポッターが洗濯する場面を読んだことがない。桃太郎がどんな服を着ていたのか、ほとんど知らない。恥の多い生涯を送って来ましたと言う主人公が、どんな布団でどんなパジャマでどれくらいの時間寝ているのか、よく分かっていない。しかしそんな情報が物語で語られることは少ない。なぜなら物語とは非日常を語るものだと、私たちは思い込んでいるからだ。

私たちは物語のなかで、巨大な敵を倒したり、呪われた運命に抵抗したり、生きる意味を問うたりする。その過程に高揚し、興奮し、そしてページをめくり終え、本をぱたんと閉じる。そして視線を本から上げたとき、私たちの目の前にひろがっているのは、ただただ、生活そのものなのだ。

生活は、重たくて粘っこくて、私たちの肩と背中にどっぷりと貼りつく。明日どんな服を着ていくのか、アイロンは必要なのか、税金の支払いをいつするのか、祖母にお中元のお礼の電話をいつするのか、マイナンバーカードのコピーを取引先にいつ送るのか、明日何時に家を出て今日はあと何分で寝なければいけないのか、ダイエットしたいけれどお腹が空いたから何か食べたいさてどんなものなら食べてもいいのか。無数の生活が私たちの肩に乗っかっている。

しかしそんな重たい生活の痕は、ほとんどの場合、小説で綴られない。綴られたとしても、展開を邪魔しない場所に留め置かれる。なぜなら起伏のない生活を主題に綴ったところで、大抵の作家はその小説を面白くできないから。

しかし山本文緒さんは違う。生活にこそ人生のカタルシスがあることを誰より知っていた。そして誰より生活を面白く描くことができる作家だった。だから私は山本さんの生活描写がなにより好きなのである。(三宅香帆/解説より) 

解説を読み、ようやく得心しました。私がなぜ山本文緒の小説を読みたいと思うようになったのか。彼女が書く小説のどこが好きで、何が刺さるのか。うまく言葉にできないそれらの答えがわかりました。

この本を読んでみてください係数  85/100

◆山本 文緒
1962年神奈川県生まれ。2021年10月13日(58歳)没。
神奈川大学経済学部卒業。

作品 「恋愛中毒」「プラナリア」「アカペラ」「ブルーもしくはブルー」「パイナップルの彼方」「自転しながら公転する」「無人島のふたり」他多数

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