『しろがねの葉』(千早茜)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/06
『しろがねの葉』(千早茜), 作家別(た行), 千早茜, 書評(さ行)
『しろがねの葉』千早 茜 新潮社 2023年1月25日3刷
男たちは命を賭して穴を穿つ。山に、私の躰の中に - 。第168回直木賞受賞作。
戦国末期、シルバーラッシュに沸く石見銀山。天才山師・喜兵衛に拾われた少女ウメは、銀山の知識と秘められた鉱脈のありかを授けられ、女だてらに坑道で働き出す。しかし徳川の支配強化により喜兵衛は意気阻喪し、庇護者を失ったウメは、欲望と死の影渦巻く世界にひとり投げ出されて・・・・・・・。生きることの官能を描き切った新境地にして渾身の大河長篇! (新潮社)
時代小説で直木賞とは驚きましたが、既に下地は十分に備わっていたのだと思います。その根拠は -
千早茜が書いたものの中で何が一番好きかと聞かれたら、迷うことなく私はデビュー作の 『魚神』 だと答えます。他に、『夜に啼く鳥は』、『おとぎのかけら/新釈西洋童話集』 などはどうでしょう? 今とは、此処とは違う世界の作品を、とうに彼女は書いているではないですか。その語る “空気” が、私は好きでした。
時は戦国時代末期。
秀吉の唐入りへの徴用と凶作が重なり、貧しさに耐えかねた一家が村の隠し米を盗んで夜逃げを画策した。しかし追っ手に見つかり、幼い少女・ウメは両親とはぐれてしまう。道に迷ったウメが入り込んだのは、石見国、仙ノ山と呼ばれる銀山の間歩 (坑道) だった。ウメはそこで、カリスマ的山師の喜兵衛に拾われる。喜兵衛はウメに銀山の知識と鉱脈の在処、そして山で生きる知恵を授け、自らの手子 (雑用係) として間歩に出入りさせた。もともと夜目の利くウメは暗い間歩の中で重宝されるが、本来、銀堀は男の仕事。女性として成長していく中、ウメは女であるがゆえに制限されることの多さに悩むことになる -- 。
*
山で働くことに魅せられ、敬愛する喜兵衛に認められたくて、ウメは手子として成果をあげるよう頑張る。しかし初潮が訪れたときから、彼女は間歩に入ることを禁じられてしまう。のみならず、卑猥な目を向ける男も、乱暴を働く男もいる。そして幼い頃からウメをライバル視していた隼人から 「年頃のおなごがこがな山奥に一人でおったらいけん」 「俺を頼ってほしいんじゃ。俺はお前を助けたい」 と言われるに至り、ウメは現実を知るのだ。
好きに生きたいと思っていた。それができると思っていた。けれどそうではなかった。「女は男の庇護の許にしか無事でいられないのか。笑いがもれた。莫迦莫迦しい、好きになど生きられないではないか」
なんと悲痛な言葉だろう。能力はあるのに、活かす道がない。隼人のことは好きでも、守ってもらって生きたいわけではない。自分のやりたいことをやりたいだけなのに、女であるというだけでその道が閉ざされる。
しかしそれだけなら、乱暴に言ってしまえば 「よくある話」 だ。本書の読みどころはその先にある。(以下略/大矢博子 波 2022年10月号より抜粋)
※時間が経つのを忘れてする読書の体験を、久しぶりに味わいました。数あるものの中で、一等私はこんな小説を読みたいのだと。いまさらに、あらためて気づかされました。もっともっと、続くウメの人生を読んでいたいと思いました。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆千早 茜
1979年北海道江別市生まれ。
立命館大学文学部人文総合インスティテュート卒業。
作品 「魚神(いおがみ)」「おとぎのかけら/新釈西洋童話集」「からまる」「桜の首飾り」「あとかた」「男ともだち」「夜に啼く鳥は」「正しい女たち」他多数
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