『鬼の跫音』(道尾秀介)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/13 『鬼の跫音』(道尾秀介), 作家別(ま行), 書評(あ行), 道尾秀介

『鬼の跫音』道尾 秀介 角川 書店 2009年1月31日初版

刑務所で作られた椅子に奇妙な文章が彫られていた。家族を惨殺した猟奇殺人犯が残した不可解な単語は哀しい事件の真相を示しており・・・(「ケモノ」)。同級生のひどい攻撃に怯えて毎日を送る僕は、ある女の人と出会う。彼女が持つ、何でも中に入れられる不思議なキャンバス。僕はその中に恐怖心を取って欲しいと頼むが・・・(「悪意の顔)。心の「鬼」に捕らわれた男女が迎える予想外の終局とは。驚愕必至の衝撃作。(「BOOK」データベースより)

思えば、入った高校が悪かった。普通科が5クラス。他に家政科のクラスが2つあって、男子がいるのは1組から3組までで、後はすべて女子。しかも、1クラスあたりの男子の数はせいぜい15名程度で、まるで女子高の中に一塊の男子が紛れ込んだようなものでした。

入学して、一週間程が経ったときのことです。朝、教室に入ってみるとほとんどの人間がいません。さほど早い時間でもないのにどうしたことかと、何気に窓からグランドを見下ろしてみたときのことです。(1年生の教室は校舎の3階にありました)

ちょうど教室の真下あたりの一画に、クラスの連中が大勢集まっています。男女が入り交ざり、円になって、バレーボールのトスをしています。微かに歓声も聞こえて、それぞれが、「それなりに楽しんでいる」気配が伝わってきます。

ふと思いついて、男子の数を数えてみると、驚いたことに(今にして思うと、なかば予想していたのかも知れませんが)、そこには私を除くすべての男子がいるではないですか。圧倒的に女子が多い輪の中で、彼らは一様に、楽し気にボールを弾いています。
・・・・・・・・・・
唐突ですが、私が本を読み出した、これがそもそものきっかけです。

私の後から教室に入ってきた女子連中も、鞄を置くなりすぐに教室から出て行きます。しばらくして下を見ると、校舎から出て輪の中へ入って行く彼女たちの姿が見えます。まるでそれが周知の事実のように、皆が集まってバレーボールをしているのです。

〈バレーボールごっこ〉は、二週間程続いて自然消滅しました。その間に「一緒にやろうよ」と声をかけてくれるクラスメイトがいましたが、結局私は一度も輪に入ることはありませんでした。入れなかったのではなく、入りたくなかったのです。

わざわざ高校生にもなって、何が悲しくて今さら〈仲良しごっこ〉なん? そんなことがしたくて、お前ら高校生になったわけ? ・・・クラスの男子が揃いも揃って〈ごっこ〉に興じている姿が、当時の私にはあまりに不甲斐なく、あまりに情けないことに思えたのです。

授業の合間の休憩時間、昼食を挟んで午後の授業が始まるまでの昼休み、私は決して自分の方から話しかけたり、積極的に何かをしようとはしませんでした。することがないので、仕方なく本を読むことにしました。一人で時間を潰すには、それしかないと思ったのです。

たまたま駅前の本屋で見つけたのが、春陽文庫の『江戸川乱歩名作集』でした。妖し気な絵柄の表紙と、同じくらい妖し気なタイトルに魅せられて、読むとたちまちにして虜になってしまいました。

全部で30巻ほどあったでしょうか、それがまたよかったのです。一冊切りではなくて、次から次へと読むべき本があるのがよかったのです。少なくとも、読んでる間は目の前の現実を忘れることができる - 私には、それが一番必要なことだったのです。

今でこそほとんど内容は忘れましたが、あの幻想的で怪奇色満載の、時に淫靡で妖しい乱歩の作品に、私は大いに救われ、併せて読書の愉しさを教わりました。

最近は、その手の本をあまり読まなくなっています。たまに何かの拍子に読んだとしても、期待値が大き過ぎるのか、年齢や状況があまりに違うせいなのか、高校時代に読んだ乱歩のような本にはなかなか出会うことができません。

この『鬼の跫音』にしても、そうです。批判するようなところは何もありません。適度に気味が悪くて、最後に用意されているオチも見事な出来栄えです。ただ、どこかしら薄味に感じて、もう少し濃厚なら尚いいのにと思ってしまうのは、おそらくは昔々嚙り付くようにして読んだ、あの江戸川乱歩のせいなのでしょう。

※ 全部で6話ある短編のすべてに「S」という人物と「鴉」が登場します。これがなかなかに面白い設定です。個人的には、第五話の「冬の鬼」がオススメです。

この本を読んでみてください係数 75/100


◆道尾 秀介
1975年兵庫県芦屋市生まれ。
玉川大学農学部卒業。

作品 「手首から先」「背の眼」「向日葵の咲かない夏」「シャドウ」「ラットマン」「カラスの親指」「龍神の雨」「光媒の花」「月と蟹」他多数

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