『ブラックライダー』(東山彰良)_書評という名の読書感想文_その2

公開日: : 最終更新日:2024/01/13 『ブラックライダー』(東山彰良), 作家別(は行), 書評(は行), 東山彰良

『ブラックライダー』(その2)東山 彰良 新潮文庫 2015年11月1日発行

書評は二部構成です。
『ブラックライダー』(東山彰良)_書評という名の読書感想文_その1はこちら

〈六・一六〉により文明を失ったアメリカ大陸。生き残った者は人と牛を掛け合わせた〈牛〉を喰って命を繋ぐ。保安官バード・ケイジは、四十頭の馬を強奪したレイン一味を追い、大西部を駆ける。道すがら出逢ったのは運命の女コーラ。凶兆たる蟲の蔓延。荒野に散るのは硬貨より軽い命。・・・

以上は、(その1)でも紹介した新潮文庫・上巻解説からの抜粋です。内容はほぼⅠ(章)で語られている部分で、小説はこの後上下巻を跨いでⅡ(章)からⅢ(章)に至り、エピローグをもって終章となります。上巻で422ページ、下巻で487ページある大作です。

これだけの長編になると、まずは登場人物、次に彼らの関係性をしっかり押さえた上で読み進めなければなりません。ましてや、舞台はアメリカです。カタカナ表記のややこしい町や、覚え切れない数の人物等が登場します。
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【Ⅰ章】カンザスシティのピート・ガスリー判事付き連邦保安官バード・ケイジと、彼のその後の人生における、唯一無二の希望となる運命の女性コーラとの出逢いが語られるのは、物語が始まってから70ページを過ぎた辺りのことです。

フィッシュ葬儀社の三男坊クロウ・フィッシュ(当時14歳)は、かつてバードを慕い、大きくなったら自分も連邦保安官になるのだという、バードにしてみれば、もし50年前に生まれていたならば間違いなく善きカンザス人であったろう若者です。

そのクロウが、ローランド・デュカキスから一頭の馬を盗んだのが3ヶ月前。一方、悪名高いレイン一味がサンタフェ鉄道で列車強盗を働き、デュカキス畜産所有の馬40頭を強奪したのがつい4日前。どういう訳でか、レイン一味の中にクロウがいることが知れます。

デュカキスは犯人に懸賞金をかけ、それをバードが追うことになります。バードがデュカキス畜産からの依頼を受けたのは、単に犯人を捕まえるだけでなくクロウを捜し出すためでもありました。そして、その捜索のさなかに「ミセス・ライト」- 実の名を「コーラ」という、美しくも滅法気の強い女性と出逢うことになります。

Ⅰ章での主役は、バード・ケイジとコーラ。追う側の2人に対して、追われる側のレイン一味の動きも見逃せません。レイン一味は5人の兄弟。上から、ガイ、イジー、ロミオ、レスター、スノー。彼らの話は、三男であるロミオを中心に展開して行きます。

【Ⅱ章】さて、問題のⅡ章です。最初に言いたいのは、私はこのパートが一番好きで、どこより面白く読めた180ページ余りだったということです。ですから、本当はあまり詳しく書きたくありません。この章だけでも、ぜひ実際に読んでほしいと思うからです。

この小説を読み始めるとすぐに、(おそらくみなさんも同様だと思いますが)微かな苛立ちを感じてしまうはずです。それは、偏にタイトルになっている「ブラックライダー」とは一体何を意味するのか、誰のことを指しているのか - が一向に明かされぬまま、周辺の物語ばかりが先へ先へと展開して行くからです。

Ⅰ章では、僅かに「ナサニエル・ヘイレン」という伝説上の人物が「ブラックライダー」であるかのように語られるのですが、読み進むうちに、どうもそればかりではないことが分かってきます。

かつて、渾名でカバリェロ・ネブロ(ブラックライダー)と呼ばれた、ナサニエル・ヘイレンという英雄がいたのは事実なのですが、ここで語られようとしている「ブラックライダー」とは、ヘイレンに似て非なる、別の誰かであるらしいということが分かってきます。

その答えとなるのが、このⅡ章。語られているのは「人と牛の間に生まれた子」=「牛腹の子(イホ・デ・バカ)であるマルコの話。悪魔と呼ばれた一人の青年が辿る、およそ考えられない世界の話、善と悪とが混然一体となった、人類の創生にも似た話なのです。

マルコは、農園主のドン・ヒラリオにその知性を見込まれて飼育場から連れ出されると、3年で読み書き算術を学び、射撃と格闘術を習得します。そして「金色の髪と、ぬけるように白い肌と、物憂げな青い瞳」を持つ美少年へと成長します。

頭の角と足の剛毛を隠して暮らしながら、老医師アレハンドロ・ゴンザレスとの対話を通じて、あるとき、マルコは自らの使命に目覚めます。

やがて、ジョアン・メロヂーヤという新しい名前を得たマルコは、グサーノ・デ・エジョス(「彼らの蟲」という意)と呼ばれる寄生虫の大流行に真っ向から立ち向かい、世界に広がる破滅と戦う旅に出ます。

しかし、マルコは元々人間ではなく善悪の概念とも無縁で、蟲に感染した人間を平気で殺しますし、ある種の快感さえ感じます。恥ずかしいとか疚しいといった感情もなく、人に対する性欲も持ち合わせない、否、持てずにいる人物なのです。

みごとに整った容姿に加えて、その非人間的な、それ故どこまでも無垢で純粋な人物であるからこそ、女たちを虜にし、大勢の男たちを味方につけます。マルコはひたすら人類のために尽くそうとするのですが、果たして自分のしていることが、およそ神の意志に叶っているのかどうかについて深く思い悩んでもいます。

【Ⅲ章】では、バード率いる大討伐軍と、鉄壁の要塞・アビアーダ村を拠点に応戦する、ジョアンの信奉者達との死闘が繰り広げられます。マルコ(=ジョアン)が流浪の旅に出てから7年後のこと。そこには、レイン一味やクロウ・フィッシュの姿もあります。

そして【エピローグ】。果たしてジョアン・メロヂーヤは、神か、悪魔か。それとも、時代が産んだ、異形の家畜なのか。その結末は、どうかあなた自身で見届けてください。

この本を読んでみてください係数 90/100


◆東山 彰良
1968年台湾生まれ。5歳まで台北、9歳で日本に移る。福岡県在住。本名は王震緒。
西南学院大学大学院経済学研究科修士課程修了。吉林大学経済管理学院博士課程に進むが中退。

作品「逃亡作法 TURD ON THE RUN」「路傍」「流」「ラブコメの法則」「キッド・ザ・ラビット ナイト・オブ・ザ・ホッピング・デッド」など

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