『戸村飯店 青春100連発』(瀬尾まいこ)_書評という名の読書感想文

『戸村飯店 青春100連発』瀬尾 まいこ 文春文庫 2012年1月10日第一刷

大阪の超庶民的中華料理店、戸村飯店の二人息子。要領も見た目もいい兄、ヘイスケと、ボケがうまく単純な性格の弟、コウスケ。家族や兄弟でも、折り合いが悪かったり波長が違ったり。ヘイスケは高校卒業後、東京に行く。大阪と東京で兄弟が自分を見つめ直す、温かな笑いに満ちた傑作青春小説。坪田譲治文学賞受賞作。(文春文庫解説より)

文庫の表紙がちょっといただけない - などとつまらんことを言う人がいるようですが、なんのなんの、読めばすぐにその意図が分かります。考え抜かれた、実に味わい深い絵なのです。

ワザと下手に見せかけておいて実はきっちり兄弟の違いを際立たせるような、微妙に異なる二人の顔と表情が分かりますでしょうか。万年筆と阪神タイガースのエンブレムが何より彼らを象徴しています。が、最後まで二人がその通りであるかどうかは別物です。

もちろん読んだから言えるのですが、表紙と『戸村飯店 青春100連発』というストレートに過ぎるタイトルだけで、おおよその話は見て取れると思います。

ざっくり言えば、この小説は中華料理店を営む戸村家に生まれ育った、たった1歳違いの男兄弟の、おそらくはその多くが恥ずかしくもバカバカしい、しかしその純情さ故に時にホロリとさせられる、青春期のある一コマを描いた、まことに心温まる物語なのです。
・・・・・・・・・・
それにつけても、もしこの小説の舞台が大阪でなかったとしたらどうでしょう。ヘイスケとコウスケが関西弁丸出しの、生粋の大阪生まれの大阪育ちでなかったとしたら、おそらくここまで面白くはならなかったろうと思います。

おしなべて阪神タイガースのファンで、吉本新喜劇の定番ギャグに飽きずに笑い、オチがない話をすれば「それがどないやねん」と突っ込まれる。大概のことが筒抜けで、みんながみんな身内のようにおせっかい - 良くも悪くもそんな大阪が舞台だから面白いのです。

ヘイスケとコウスケからすると親父の親父、つまり、じいちゃんの代から始まった戸村飯店は、ラーメンやチャーハンが主なメニューの超庶民的なさえない店です。しかし、安くておいしいので、そこそこにははやっています。

平日には常連客が集まり、土日は家族連れでにぎやかになります。常連には広瀬のおっさん、昔ヤンキーだった竹下の兄ちゃん、山田のじいちゃんなどがいます。コウスケは彼らと馴染み、店の手伝いをしています。一方のヘイスケは、常連客とはやや距離を置き、店を手伝うこともありません。常連らは、ヘイスケのことを気楽な「ボン」と呼んでいます。

それがヘイスケには耐えられなかったのです。周りの人の良さも分かるし、店の手伝いが嫌だったわけでもありません。ほんの少しの波長が合わないばかりに、居心地の悪さを募らせていただけのことです。ヘイスケは、家を出ようと決心します。

高校を卒業すると同時に、ヘイスケはさっさと東京へ行きます。みんなには小説家になるために専門学校へ入って勉強すると言うのですが、コウスケには端からそれが嘘だと分かっています。これまでのヘイスケから考えるに、そんなことはあり得ないことなのです。

かと言って、ヘイスケが何を思って東京へ行こうと決めたのかは、実はコウスケにも皆目見当が付きません。家にいるときの二人は同じ部屋で寝起きをしていたのですが、いつの間にか話すことも少なくなり、無関心で、無干渉な者同士になっていたのです。

コウスケはそんな兄のこともあり、漠然とではあるものの、やがて自分が戸村飯店を継ぐことになるのだろうと考えています。1年後に高校を卒業したあと、コウスケにはそれ以外の進路やしたいと思う仕事がなかったので、当然そうするべきだと思っています。

ところが、事態はコウスケのまったく予期せぬ方へと進んで行くことになります。それは彼が3年生になり、2学期も終盤になって迎えた三者面談のときのことです。

小学生のときから学校の行事と言えばいつも母親だったのに、その日はなぜかいつもより少し正装した親父がやって来て、二人並んで座らされています。岩倉先生がコウスケに向かって言います -「戸村もそろそろ本格的に進路決めていこうか」

口にしたら、もう引き返せない。俺の一生を決めてしまう。でも、決めるべきときなのだ。つばを飲み込んだのに乾いたままの口でコウスケは、「店継ぎます」- きっぱりと言い切った、その途端、横にいた親父がキレました。

「あほたれ! 何ぬかしとる」-「ふざけたことを言うのもたいがいにせえ」と親父が言います。一体全体、親父が何に腹を立てているのかさっぱりわからず、コウスケは只々きょとんとするばかりです。

※ 本当は東京暮らしをしているヘイスケのことも書きたかったのですが、長くなりすぎるとよくないのでこの辺にしておきます。ただ、ヘイスケはヘイスケなりに、短い東京での一人暮らしで多くのことを学びます。親友ができ、年上の恋人さえもできてしまうのです。

この本を読んでみてください係数 85/100


◆瀬尾 まいこ
1974年大阪府生まれ。
大谷女子大学文学部卒業。本名は瀬尾麻衣子。

作品 「卵の緒」「図書館の神様」「天国はまだ遠く」「優しい音楽」「幸福な食卓」「あと少し、もう少し」「春、戻る」他

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