『なぎさホテル』(伊集院静)_書評という名の読書感想文

『なぎさホテル』伊集院 静 小学館文庫 2016年10月11日初版


なぎさホテル (小学館文庫)

「いいんですよ。部屋代なんていつだって」
東京での暮らしをあきらめ、逗子の海岸に立ち寄った若者を、家族のように温かく迎え入れた伝説の「逗子なぎさホテル」。若者はそれからホテルで過ごした七年余りの日々の中で小説を書きはじめ、大人の男への道を歩き出す - 。作家・伊集院静の誕生まで、若き日に向き合った彷徨と苦悩、それを近くで見守ってくれた人々との出逢いと別れ。今でも作家の夢の中に生き続けている大切な場所と時間を振り返り、作家としての原点を綴った貴重な自伝的随想。文庫化にあたり書き下ろされた「あとがき」を追加収録。(小学館文庫)

一言でいえば「規格外の人」と表現すればいいのでしょうか。波乱ばかりの人生にありながら、それをそうとは思わないような。すべてをあるがままに受け入れ、そして何気に受け流しているような、到底マネのできない生き方をしている人のように感じられます。

余分な物事に対する執着心が一切ないのは、自分の五感に対する揺るぎない自信の裏返しではないかと思います。時に悪事に手を染めたりもするのですが、それとても仕方ないからしているだけで、決して自分を見失っているわけではありません。

どんな偶然か、そういう人はまた、そういう人に出逢ってしまうのです。「逗子なぎさホテル」のI支配人こそそういう人物で、当時は金がなくて部屋代さえまともに払えなかった、どこの誰とも分からない若者だった著者に対して、彼は思いもよらない言葉をかけます。

- いいんですよ。部屋代なんていつだって、ある時に支払ってくれれば。出世払いで結構です。あなた一人くらい何とかなります。

またある日の彼は無為に暮らす著者と酒を酌み交わし、ついでのようにこんなことを言います。

私は船が好きでしてね。南太平洋は星が綺麗なんですよ。その星を眺めながら一杯やっていると、ずっとこうしていたいと思いました。人は、それができる時にやっておいた方がいい。その方が楽しいですよ・・・・

I支配人はここ逗子の海辺で育ち、若い頃から外国航路の客船に乗っていたといいます。

ずっと後になってからのことですが、彼はこうも言います。

あなた何をやったって大丈夫。私にはわかるんです。けれどあんまりしんどいことをしてはいけませんよ。その方が人生にはいいんですよ。

7年以上もの間、同じホテルで暮らし続けるということからして普通では考えられないのですが、それよりも尚奇跡に思えるのは、そこにI支配人という、(当時の著者にすれば)いるはずのない理解者がいたということです。それはまるでドラマのような状況であったわけです。

その時の著者は文無し同然で、それでなくても半年前に2人の娘がいる家庭を崩壊させ、彼らに支払う慰謝料を借りに生家へ行き、激怒した父親に追い返されたばかりだというのにです。

人生は理不尽で、不公平極まりない。伊集院静という人のことを思うと、私は常々そんな気持ちになります。

だってそうでしょう。どれほど願ったとしても、まさかこの人みたいに大きな人間ではいられないのですから・・・・

 

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なぎさホテル (小学館文庫)

 

◆伊集院 静
1950年山口県防府市生まれ。本名、西山忠来。日本に帰化前の氏名は、趙忠來(チョ・チュンレ)立教大学文学部日本文学科卒業。

作品 「皐月」「乳房」「受け月」「機関車先生」「ごろごろ」「三年坂」「白秋」「海峡」「春雷」「岬へ」「僕のボールが君に届けば」「羊の目」「少年譜」他多数

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