『永遠についての証明』(岩井圭也)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/06
『永遠についての証明』(岩井圭也), 作家別(あ行), 岩井圭也, 書評(あ行)
『永遠についての証明』岩井 圭也 角川文庫 2022年1月25日初版
圧倒的 「数覚」 に恵まれた三ツ矢瞭司、同じく特別推薦生として数学科に入学した熊沢、佐那の3人は、共同研究で画期的な成果を上げる。瞭司が初めて数学の美しさを他者と共有できた瞬間だった。しかし瞭司の才能は、築いた関係性を破壊していく - 瞭司の死から6年、熊沢は遺されたノートに、未解決問題の証明らしき記述を発見する。冲方丁、辻村深月、森見登美彦ら選考委員絶賛、第9回野性時代フロンティア文学賞受賞作。(角川文庫)
一晩で一気に読み終えました。眠気が吹っ飛び、ゾーンに入る - 読書の一番の醍醐味を味わいました。未解決で超難解な数学上の問題と、その問題に関らざるを得なかった人々の人生の明暗に、これほど感動するとは思いもしませんでした。
「数学が面白い」 などとは、金輪際思ったことがありません。そんな私が、何故、この小説をのめり込むようにして読んだのか。読めたのか? - その答えが、(森見登美彦氏の手になる) 解説の冒頭に書いてあります。
『永遠についての証明』 は岩井圭也氏のデビュー作である。
私は野性時代フロンティア文学賞 (現在 「小説 野性時代 新人賞」 に改称) の選考委員として、最終候補に残った応募原稿を読んだのだが、そのとき心に残ったのが次の一節だった。「自然界でも同じようなことが起こってるかもしれないんだよ。雲を表す式を応用すれば、波になるかもしれない。雪を表す式を変形すれば、森になるかもしれない。ひとつの基本式からすべてが導かれるかもしれない。ああ、なんで今まで気づかなかったんだろう」
数学することの喜びというか、興奮というか、そういうものをたいへん美しく表現した言葉で、思わずノートに抜き書きしたことをおぼえている。
もちろん私には本当の数学者の気持ちは分からないが、「きっとこんな感じにちがいない」 と思わせる説得力が本作にはある。
実際は字面をなぞっているだけなのに、瞭司や熊沢や佐那のように、一端の数学者であるような、彼らと時を共有しているような気持ちになってきます。
「フラクタル」 という初めて聞く単語にどう反応したらよいかもわからずに、それでも構わず読み進めていくと、(瞭司の) 言わんとすることが、わずかながらも理解できたような気持ちになってきます。
「フラクタルだよ。世界は全部、それで語られる」
フラクタルは 〈自己相似〉 ともいわれる。自己相似な図形では、一部が全体と同じ形であり、どれだけ拡大しても同じ構造が出現する。たとえば、シダの葉を拡大して見れば、細部も葉全体と同じ形をした小さい葉で構成されている。さらに拡大して見れば、その小さな葉もより微小な葉で構成され、その微小な葉もまた極小の葉で構成される。
無限に続く同じ図形。それがフラクタルだ。
自然界に存在するものはたいてい複雑な構造を持つ。遠い山の稜線も、夏空の入道雲も、天から降る稲妻も、複雑に入り組んだ形であり、自己相似な構造を持っている。
これこそがこの世のすべてを語る言葉だと、瞭司は確信していた。(P103.104)
生まれながらにして、瞭司はあまりに純粋でした。あまりに才能に溢れ、あまりにも 「数覚」 に優れた人間でした。故に、彼の言動は中々に、並みの人間には理解されません。誤解を受け、時に疎まれたりもします。後半、読むほどに、彼の孤独が胸に迫っていたたまれなくなります。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆岩井 圭也
1987年大阪府生まれ。
北海道大学大学院農学院修了。
作品 2018年、本作で第9回野性時代フロンティア文学賞を受賞。他に「夏の陰」「プリズン・ドクター」「文身」「水よ踊れ」「この夜が明ければ」等
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