『テティスの逆鱗』(唯川恵)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/10 『テティスの逆鱗』(唯川恵), 作家別(や行), 唯川恵, 書評(た行)

『テティスの逆鱗』唯川 恵 文春文庫 2014年2月10日第一刷

女優・西嶋條子の “売り” は、一にも二にもその “美貌” にあります。彼女の場合、自らの “美貌” こそが (女優として) 存在する唯一の矜持であり、(生きる上での) 全ての糧となっています。実際のところ、彼女は抜きん出て美しく、とても47歳には見えません。

36歳の多岐江は、二歳年上の夫・啓司と結婚して八年が経ちます。四歳になる息子・航がおり、自らは学術書を出版する会社に勤めています。人並みに子育てに悩み、夫とはもうずっとセックスレスの状態が続いているとはいえ、比較的平穏な毎日を過ごしています。

沢下莉子は、少なくとも日に三十回は鏡を見ます。六本木の高級キャバクラに勤めており、今や売上げベスト3 の常連になっています。二十一歳の学歴も後ろ盾もない女としては破格の暮らしをしている莉子は、金持ちの、 “いい男” だけを目当てにキャバ嬢をしています。

初めて美容整形を受けたのは、もう十年近く前、十九歳の時だ。いちばんポピュラーな二重目蓋にする手術だったが、それには罪悪感が伴っていて、クリニックを出た時はまともに顔を上げられなかった。

しかし、不思議なものである。一箇所だけの整形は後ろめたいのに、手術を重ねてゆくたびに、その思いはどんどん薄れていった。自分は美しい作品を作り上げてゆく芸術家のような気にさえなった。

目も鼻も唇も頬も顎も額も、今まで何度も手を入れた。乳房も腹も尻も太腿も脹脛も形を変えてきた。今の涼香は、自分を美しくすることだけにしか興味がない。その他は何の意味も持たない。(P59.60 第4節「涼香」より)

畑中涼香の場合は、條子とも、多岐江とも、莉子とも違い、動機は少々複雑で、四人が共に 「美しくなりたい」 がために美容整形に通うのですが、涼香に限って言えば、整形を重ねる毎に彼女は、「醜く」 なってゆきます。それを承知で、整形を繰り返しています。

時折、今日のショップの客のように、好奇に満ちた目を向けたり、気持ち悪いとか、頭がおかしいとか、バケモノとまで言う人間もいる。しかし、涼香は気にしない。確かに自分の顔は人と違っているかもしれないが、美とはもともとそういうもののはずである。普通の人間と同じなら、それはすでに 「美」 ではない。だから、そんな人間の評価などいちいち気にしない。(P60)

(ある意味、涼香は、條子や多岐江や莉子などの 「最終形」 として描かれている。そんな気がしてなりません)

彼女らが度々訪れるクリニックで、彼女らが言う無理難題に、それでも応えてしまう - 応えざるを得ない状況の - 腕の立つ美容整形外科医・多田村晶世は? 彼女はその時々に、何を思うのでしょう。そして、その後・・・・・・・

美に取り憑かれた女たちを
私は決して許さない。
テティスは怒りに打ち震え、叫んだ。

あなたたちがすべてを台無しにした - 。(ギリシャ神話より)

※テティス(Thetis):ギリシャ神話に登場する海の女神。その婚礼で起きた美しさをめぐる争いが、トロイア戦争のきっかけになった。

華やかな美貌で売る女優、出産前の身体に戻りたい主婦、完璧な男との結婚をねらうキャバ嬢、そして、独自の美を求め続ける資産家令嬢。美容整形に通い詰める四人はやがて 「触れてはならない何か」 に近づいてゆく - 。終わりなき欲望を解き放った女たちが踏み込んだ戦慄の風景を、深くリアルに描く傑作長編。(文春文庫)

この本を読んでみてください係数 85/100

◆唯川 恵
1955年石川県金沢市生まれ。
金沢女子短期大学(現金沢学院短期大学)卒業。

作品 「海色の午後」「愛に似たもの」「ベター・ハーフ」「100万回の言い訳」「とける、とろける」「逢魔」「肩ごしの恋人」他多数

関連記事

『逢魔』(唯川恵)_書評という名の読書感想文

『逢魔』唯川 恵 新潮文庫 2017年6月1日発行 抱かれたい。触られたい。早くあなたに私を満たし

記事を読む

『たった、それだけ』(宮下奈都)_書評という名の読書感想文

『たった、それだけ』宮下 奈都 双葉文庫 2017年1月15日第一刷 「逃げ切って」。贈賄の罪が発

記事を読む

『岸辺の旅』(湯本香樹実)_書評という名の読書感想文

『岸辺の旅』湯本 香樹実 文春文庫 2012年8月10日第一刷 きみが三年の間どうしていたか、話し

記事を読む

『てとろどときしん』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『てとろどときしん』黒川博行 角川文庫 2014年9月25日初版 副題は 「大阪府警・捜査一課事

記事を読む

『叩く』(高橋弘希)_書評という名の読書感想文

『叩く』高橋 弘希 新潮社 2023年6月30日発行 芥川賞作家が贈る 「不穏な人

記事を読む

『天頂より少し下って』(川上弘美)_書評という名の読書感想文

『天頂より少し下って』川上 弘美 小学館文庫 2014年7月13日初版 『天頂より少し下って

記事を読む

『通天閣』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『通天閣』西 加奈子 ちくま文庫 2009年12月10日第一刷 織田作之助賞受賞作だと聞くと

記事を読む

『あのこは貴族』(山内マリコ)_書評という名の読書感想文

『あのこは貴族』山内 マリコ 集英社文庫 2019年5月25日第1刷 TOKYO

記事を読む

『東京放浪』(小野寺史宜)_書評という名の読書感想文

『東京放浪』小野寺 史宜 ポプラ文庫 2016年8月5日第一刷 「一週間限定」 の "放浪の旅"

記事を読む

『正しい愛と理想の息子』(寺地はるな)_書評という名の読書感想文

『正しい愛と理想の息子』寺地 はるな 光文社文庫 2021年11月20日初版1刷 物

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『十七八より』(乗代雄介)_書評という名の読書感想文

『十七八より』乗代 雄介 講談社文庫 2022年1月14日 第1刷発

『颶風の王』(河﨑秋子)_書評という名の読書感想文

『颶風の王』河﨑 秋子 角川文庫 2024年1月25日 8刷発行

『パッキパキ北京』(綿矢りさ)_書評という名の読書感想文

『パッキパキ北京』綿矢 りさ 集英社 2023年12月10日 第1刷

『山亭ミアキス』(古内一絵)_書評という名の読書感想文

『山亭ミアキス』古内 一絵 角川文庫 2024年1月25日 初版発行

『旅する練習』(乗代雄介)_書評という名の読書感想文

『旅する練習』乗代 雄介 講談社文庫 2024年1月16日 第1刷発

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑