『藻屑蟹』(赤松利市)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/09
『藻屑蟹』(赤松利市), 作家別(あ行), 書評(ま行), 赤松利市
『藻屑蟹』赤松 利市 徳間文庫 2019年3月15日初刷

一号機が爆発した。原発事故の模様をテレビで見ていた木島雄介は、これから何かが変わると確信する。だが待っていたのは何も変わらない毎日と、除染作業員、原発避難民たちが街に住み始めたことによる苛立ちだった。六年後、雄介は友人の誘いで除染作業員となることを決心。しかしそこで動く大金を目にし、いつしか雄介は・・・・・・・。満場一致にて受賞に至った第一回大藪春彦新人賞受賞作。(徳間文庫)
『鯖』 を読み、次に 『らんちう』 を読みました。見つけた、と思いました。赤松利市が初めて書いた小説を、どうしても読みたいと思うようになりました。
まさか、震災の話だとは思いませんでした。それより何より、赤松利市が元除染作業員だったとは思いもしませんでした。原発作業員ではありません。除染作業員だったからこそ、この話を書いたのだろうと。
物語の主人公・木島雄介は、テレビで流れる震災の映像に、じんわりと気持ちが温かくなるような、そんな感じがしたといいます。「何かが変わる。変わらざるを得ない。」 と感じる傍らで、「ザマアミロ」 と呟いたのでした。
一号機が爆発した。セシウムを大量に含んだ白煙が、巨象に似た塊になって、ゆっくりと地を這った。翌々日、三号機が爆発した。閃光が奔り、空高く、キノコ雲を思わせる黒煙が舞い上がった。
無音の映像を繰り返し流すテレビを、俺は、現場から50キロと離れていない、C市の、一人暮らしを始めたばかりのアパートで見ていた。前の月に店長に昇格した飲み屋街のパチンコ店は、地震と津波で臨時休業だった。大変なことが起こっているという感覚はあったが、焦るとか暗い気持ちになるとか、そんなネガティブな感情は湧き上がらなかった。
むしろ愉快な気持ちにさえなっていた。愉快といっても、笑いがこみ上げるとかではなく、じんわりと気持ちが温かくなるような、そんな感じだった。
それは、沿岸部を襲った津波の映像を繰り返し見せられて芽生えた感情だった。その感情が、原発の爆発で、決定的になった。日本が滅びるとネットで煽る奴がいた。外国人の帰国ラッシュを伝えるニュースもあった。アメリカ軍でさえ、トモダチ作戦を放り出して、三陸沖80キロ圏外に避難した。垂れ流しとも思える映像を見ながら、俺は思った。
何かが変わる。変わらざるを得ない。眠る前の布団の中で 「ザマアミロ」 と、意味もなく呟いてみたりした。(物語の冒頭/ P3 ~ 4)
※東日本大震災に関わる小説を、これまでに5冊か6冊は読みました。それぞれに印象深くはありますが、最もストレートにダメージを受けたのがこの本です。
どう思うかは、あなたの勝手です。どう思おうと、私は、これこそが現実なんだろうと。そんな気持ちになりました。
この本を読んでみてください係数 85/100

◆赤松 利市
1956年香川県生まれ。
作品 「鯖」「らんちう」
関連記事
-
-
『名前も呼べない』(伊藤朱里)_書評という名の読書感想文
『名前も呼べない』伊藤 朱里 ちくま文庫 2022年9月10日第1刷 「アンタ本当
-
-
『木洩れ日に泳ぐ魚』(恩田陸)_書評という名の読書感想文
『木洩れ日に泳ぐ魚』恩田 陸 文春文庫 2010年11月10日第一刷 舞台は、アパートの一室。別々
-
-
『水やりはいつも深夜だけど』(窪美澄)_書評という名の読書感想文
『水やりはいつも深夜だけど』窪 美澄 角川文庫 2017年5月25日初版 セレブマ
-
-
『窓の魚』(西加奈子)_書評という名の読書感想文
『窓の魚』西 加奈子 新潮文庫 2011年1月1日発行 温泉宿で一夜をすごす、2組の恋人たち。
-
-
『トワイライトシャッフル』(乙川優三郎)_書評という名の読書感想文
『トワイライトシャッフル』乙川 優三郎 新潮文庫 2017年1月1日発行 房総半島の海辺にある小さ
-
-
『君が手にするはずだった黄金について』(小川哲)_書評という名の読書感想文
『君が手にするはずだった黄金について』小川 哲 新潮社 2023年10月20日 発行 いま最
-
-
『赤へ』(井上荒野)_書評という名の読書感想文
『赤へ』井上 荒野 祥伝社 2016年6月20日初版 ふいに思い知る。すぐそこにあることに。時に静
-
-
『あひる』(今村夏子)_書評という名の読書感想文
『あひる』今村 夏子 書肆侃侃房 2016年11月21日第一刷 あひるを飼うことになった家族と学校
-
-
『夏と花火と私の死体』(乙一)_書評という名の読書感想文
『夏と花火と私の死体』乙一 集英社文庫 2000年5月25日第一刷 九歳の夏休み、少女は殺され
-
-
『variety[ヴァラエティ]』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文
『variety[ヴァラエティ]』奥田 英朗 講談社 2016年9月20日第一刷 迷惑、顰蹙、無理