『ぼくがきみを殺すまで』(あさのあつこ)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/07
『ぼくがきみを殺すまで』(あさのあつこ), あさのあつこ, 作家別(あ行), 書評(は行)
『ぼくがきみを殺すまで』あさの あつこ 朝日文庫 2021年3月30日第1刷
ベル・エイドの少年兵士エルシアは敵国ハラの兵に語りかける、かつてハラの友ファルドと過ごした色鮮やかな日々のことを。世界が戦争の影に覆われ、少年が戦場に出るまでの物語。児童文学出身の著者だからこそなし得た、少年たちの内面と友情を描く渾身の一冊。 《解説・額賀澪》 (朝日文庫)
いつの世の、どこの国であったとしても、誰が好んで戦争などしたいと思うでしょうか。ベル・エイドの少年たちは、望んで 「特別武官養成学校」 に入学したわけではありません。兵士になったのは、ならざるを得ない事情や理由があればこその決断でした。
エルシアが半ば強迫されて入学した特別武官養成学校では、12歳から16歳までの少年たちが学んでいます。武官、軍人となるために修練を積み、14歳になると特別コースが設けられ、少年たちは各々に別のコースへ進みます。
コースは、1・指導者及び戦略家の養成、2・軍事技術者、3・上級兵士の3つに分けられ、約9割の生徒が3に振り分けられます。中で1のコースは軍の最上級幹部への登竜門とされ、生徒たちの憧れでもありました。但し、誰がどのコースへ進むかはあくまで学校側による選別であり、少年たちの希望や意思は一切考慮されません。
中学生の私は、この物語を読み終えた瞬間に何を思うだろう。
2020年の年末、あさのあつこさんの 『ぼくがきみを殺すまで』 を読了し、そんなことを考えた。この本について、中学生の自分と語らいたい衝動に駆られた。中学生の私がこの本を通して感じたことを、30歳の私は受け止めねばならないし、私は大人として彼女に何か伝えなければならない。
恐らく中学生の私は、この本の感想をすぐに言葉にはできないだろう。本を一冊読み終えた幸福感の後には必ず、胸に渦巻く感情の嵐を言葉にできない、そんなもどかしさが襲ってくる。漠然と誰かと話がしたいと思うのに、たいていそばに話し相手はいない。本を読んだことで生まれた感情を言葉にするのは、とてつもなく重労働で、大人になった現在でさえ、ときどきもどかしい。
『ぼくがきみを殺すまで』 は、ベル・エイドとハラという、2つの架空の国の間に勃発した戦争と、それに翻弄される少年達を描いた物語である。
ベル・エイドの兵士・Lは、敵国ハラに捕えられ、牢で処刑を待つ身だ。彼は見張り役のソームという哨兵に自分の生い立ちを話して聞かせる。兵士のLではなく、エルシアという一人のベル・エイドの青年として、戦争が始まる前の穏やかな日常に思いを馳せる。
彼の生まれ故郷には、ベル・エイドとハラの子供達が共に通う学校があった。エルシアはそこで、ファルドというハラの少年と出会い、友人となり、かけがえのない日々を過ごす。
しかし、そんな日々を戦争はいとも簡単に奪っていく。日常の中にふと生まれた違和感はあっという間に増殖し、エルシアとファルドを引き裂く。学校は閉鎖され、ベル・エイドはハラをパウラ (毒蛇) と呼ぶようになる。「殺すべき相手」 というようになる。そうやって 「戦争」 が始まった。(解説 額賀澪 「薄氷の上で手を繋ごう - 「戦争」 の正体を見つめる物語」 より)
言葉が死ねば戦いが起こる
「言葉が死ねば戦いが起こる」 - ファルドは、そう言ったのでした。
ベル・エイドとハラは、いずれ戦争になる。エルシアとは敵同士になる。ファルドには先から予感があったようです。彼がエルシアの元から早々に姿を消したのは、敵国となり、戦うはずの友を守るためでした。
「死んじゃだめだ。約束を違えるな」 「ぼくがきみを救うまで、待っていて、エルシア」 - そう、ファルドは言ったのでした。
戦争になり、ファルドの行方は杳として知れません。ベル・エイドの兵士となったエルシアは、敵国ハラに捕えられ、明日にも銃殺されようとしています。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆あさの あつこ
1954年岡山県英田郡美作町(現:美作市)湯郷生まれ。
青山学院大学文学部卒業。
作品 「ほたる館物語」「バッテリー」「バッテリーⅡ」「たまゆら」「緋色の稜線」「藤色の記憶」「藍の夜明け」「白磁の薔薇」他多数
関連記事
-
『親方と神様』(伊集院静)_声を出して読んでみてください
『親方と神様』伊集院 静 あすなろ書房 2020年2月25日初版 鋼と火だけを相手
-
『あちらにいる鬼』(井上荒野)_書評という名の読書感想文
『あちらにいる鬼』井上 荒野 朝日新聞出版 2019年2月28日第1刷 小説家の父
-
『愚者の毒』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文
『愚者の毒』宇佐美 まこと 祥伝社文庫 2017年9月10日第4刷 1985年、上
-
『ファーストクラッシュ』(山田詠美)_ 私を見て。誰より “私を” 見てほしい。
『ファーストクラッシュ』山田 詠美 文藝春秋 2019年10月30日第1刷 初恋、
-
『ifの悲劇』(浦賀和宏)_書評という名の読書感想文
『ifの悲劇』浦賀 和宏 角川文庫 2017年4月25日初版 小説家の加納は、愛する妹の自殺に疑惑
-
『ミーナの行進』(小川洋子)_書評という名の読書感想文
『ミーナの行進』小川 洋子 中公文庫 2018年11月30日6刷発行 美しくて、か
-
『青い壺』(有吉佐和子)_書評という名の読書感想文
『青い壺』有吉 佐和子 文春文庫 2023年10月20日 第19刷 (新装版第1刷 2011年7月
-
『父と私の桜尾通り商店街』(今村夏子)_書評という名の読書感想文
『父と私の桜尾通り商店街』今村 夏子 角川書店 2019年2月22日初版 違和感を
-
『地雷グリコ』(青崎有吾)_書評という名の読書感想文
『地雷グリコ』青崎 有吾 角川書店 2024年6月20日 8版発行 第24回 本格ミステリ大
-
『R.S.ヴィラセリョール』(乙川優三郎)_書評という名の読書感想文
『R.S.ヴィラセリョール』乙川 優三郎 新潮社 2017年3月30日発行 レイ・市東・ヴィラセリ