『おとぎのかけら/新釈西洋童話集』(千早茜)_書評という名の読書感想文

『おとぎのかけら/新釈西洋童話集』千早 茜 集英社文庫 2013年8月25日第一刷

母親から育児放棄されかけている幼い兄と妹は、花火大会の夜にデパートでわざと迷子になる。公園で出会った女に連れて行かれたマンションで待っていたのは、甘いケーキと、そして・・・・(迷子のきまり ヘンゼルとグレーテル)。「白雪姫」「シンデレラ」「みにくいアヒルの子」など誰もが知る西洋童話をモチーフに泉鏡花文学賞受賞作家が紡いだ、美しくも怖ろしい七編を収録した短編集。(集英社文庫)

「迷子のきまり」(ヘンゼルとグレーテル)
※ ヘンゼルとグレーテルは、グリム童話に収録されている作品。母親に捨てられた兄妹が森で道に迷い、森の奥に住む魔女に騙され捕らえられるが、隙を見て魔女をかまどに突き飛ばして焼き殺し、宝石や真珠などを持って家に帰るという話。(Wikipedia)

「もう家に帰りたくない。どうして帰らなきゃいけないの? 」「お母さんなんてお酒飲んで寝てるか、あたしたちを怒るかしかしないじゃない。あたし、もう叩かれたくない」- そう言うと、少し黙った後、お兄ちゃんは目をそらしながら小さな声でこう言います。

「あのね、今日はお母さんはおとなしいと思うよ。いつも飲むお酒の瓶にね、ぼく、薬を溶かしてきたんだ。ほら、飲むとお母さんが穏やかになるあのピンク色の薬。(後略)」- さすがはお兄ちゃんだと思い、あたしはちょっと嬉しくなります。

幼い二人の兄妹は、今日ある花火大会に行きたくて仕方ありません。母に連れられ、二人は仕方なくデパートにいます。

(そういうことは度々起こるのですが)二人は母とはぐれ、見つかるといつも酷く叱られてしまうので、迷子になったのをよいことに、二人で花火大会へ行こうと思います。

「もしかしたら、お母さんはもう起きないかもしれないよ。あの薬飲むと、お母さん長く寝ちゃうじゃない。ぼくさ、たくさん薬いれちゃったんだ。心の底で二度と起きてこなきゃいいと思ったんだよ。きっと、ぼくももう嫌になっちゃったんだ」

二人は、ひと気のない大きな公園に来ています。「そうなったら、優香はぼくを嫌いになる? 」と訊くお兄ちゃんに向かって、あたしは何回も首を大きく横にふります。するとお兄ちゃんはちょっと笑い、あたしは少し心配になります。
・・・・・・・・・
童話に出てくる母親(継母)は、貧しさゆえに食い扶持を減らさんと幼い二人の子どもを森へ連れ出し置き去りにして帰ります。そうする他に生きる手立てがないと思ってしたことではあったのですが、その後母親は熱病を患い、死んでしまうことになります。

捨てられた兄妹はやがて魔女の手に堕ち、次第に追い詰められていきます。あと少しで殺されるという間際、二人は逆に魔女を焼き殺すことに成功し、宝石や真珠を奪って家へ帰ることになります。

無事に戻った二人を父は心から喜びます。(母親はすでに死んでいます)持ち帰った宝物を見せ、痩せ細った父に向かって、兄は「これですぐに太れるよ」と言います。そして、そのあと三人は幸せに暮らしました。となるのですが・・・・

実は、「ヘンゼルとグレーテル」という童話は単に「めでたい」だけの話ではありません。話の最後には、ある、ぞっとするような「含み」が残されています。この「新釈」では、その「含み」の部分を、現代の話にして分かり易く書き直したのではないかと。

家族を捨てて出て行った父親がそうなら、あとに残った母親もどうかしています。浴びるほど酒を飲み、浪費癖があり、男を引っ張り込んでは痴態を晒し、子どもは見るなと押し入れに閉じ込め、それのどこが母親といえるのか。

子どもにひどいことをしようとする奴は殺しちゃっても罪にならないんだよ。

お兄ちゃんが常々幼い妹に向けてこう言い聞かせていたのは、そんな日々に彼が学んだ生きる上での矜持にも思えます。だから優香は、兄の言葉を信じ、自分に悪戯をしようとする男をベランダから突き飛ばし、兄はいつか母親を殺そうと、ずっと前から考えていたのだと思います。

※ 他に、「鵺の森」(みにくいアヒルの子)、「カドミウム・レッド」(白雪姫)、「金の指輪」(シンデレラ)、「凍りついた眼」(マッチ売りの少女)、「白梅虫」(ハーメルンの笛吹き男)、「アマリリス」(いばら姫)、以上の作品が収められています。

この本を読んでみてください係数  80/100

◆千早 茜
1979年北海道江別市生まれ。
立命館大学文学部人文総合インスティテュート卒業。

作品 「魚神」「からまる」「桜の首飾り」「あとかた」「眠りの庭」「森の家」「男ともだち」他

関連記事

『あなたの本/Your Story 新装版』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『あなたの本/Your Story 新装版』誉田 哲也 中公文庫 2022年8月25日改版発行

記事を読む

『親方と神様』(伊集院静)_声を出して読んでみてください

『親方と神様』伊集院 静 あすなろ書房 2020年2月25日初版 鋼と火だけを相手

記事を読む

『嫌な女』(桂望実)_書評という名の読書感想文

『嫌な女』桂 望実 光文社文庫 2013年8月5日6刷 初対面の相手でも、たちまち

記事を読む

『冷血(上・下)』(高村薫)_書評という名の読書感想文

『冷血(上・下)』高村 薫 朝日新聞社 2012年11月30日発行 2002年、クリスマス前夜

記事を読む

『夜が暗いとはかぎらない』(寺地はるな)_書評という名の読書感想文

『夜が暗いとはかぎらない』寺地 はるな ポプラ文庫 2021年6月5日第1刷 人助

記事を読む

『海の見える理髪店』(荻原浩)_書評という名の読書感想文

『海の見える理髪店』荻原 浩 集英社文庫 2019年5月25日第1刷 第155回直木

記事を読む

『アレグリアとは仕事はできない』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『アレグリアとは仕事はできない』津村 記久子 ちくま文庫 2013年6月10日第一刷 万物には魂

記事を読む

『今だけのあの子』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『今だけのあの子』芦沢 央 創元推理文庫 2018年7月13日6版 結婚おめでとう、メッセージカー

記事を読む

『占/URA』(木内昇)_書評という名の読書感想文

『占/URA』木内 昇 新潮文庫 2023年3月1日発行 占いは信じないと思ってい

記事を読む

『あのひとは蜘蛛を潰せない』(彩瀬まる)_書評という名の読書感想文

『あのひとは蜘蛛を潰せない』彩瀬 まる 新潮文庫 2015年9月1日発行 ドラッグストア店長の

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『メイド・イン京都』(藤岡陽子)_書評という名の読書感想文

『メイド・イン京都』藤岡 陽子 朝日文庫 2024年4月30日 第1

『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『あいにくあんたのためじゃない』柚木 麻子 新潮社 2024年3月2

『執着者』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『執着者』櫛木 理宇 創元推理文庫 2024年1月12日 初版 

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑