『金賢姫全告白 いま、女として』(金賢姫)_書評という名の読書感想文

『金賢姫全告白 いま、女として』金 賢姫 文芸春秋 1991年10月1日第一刷

この本を読んで、私は北朝鮮のことを初めて知りました。当時私は30歳の半ばに差しかかっていたのですが、日本の政治や経済、世界で今何が起こっているかなどということについては、これっぽっちも関心のない人間でした。もっともらしく聞いたり話したりはしていたものの、それは単なる 「ふり」 で、他人事でしかないことでした。

そんなときでした。「大韓航空機爆破事件」 が起こったのは。

もう随分前のことになります。著者の金賢姫という女性が、日本人の “蜂谷真由美” になりすまし、大韓航空機の爆破を企てた北朝鮮の工作員だったということを知る人も少なくなったと思います。彼女は祖国北朝鮮の対外情報調査部の指令のもと、ソウルで開催予定のオリンピックを阻止するために、韓国の航空機を爆破する任務を背負った工作員だったのです。

・・・・・・・・・・・・・・

その頃私は、小さな旅行代理店の仕事をはじめてもう少しで1年という頃でした。季節は冬、2月の末頃に初めての海外添乗の機会が訪れました。行先はハワイ。他の系列店からのツアーも加わって、それなりに大きな団体になっていました。同行した別店舗の添乗員が経験豊富なベテランで、彼は私の教育係でもありました。

伊丹空港からの出発で、搭乗手続きを無事終え、機内で全員が座席に着いたのを確認し、最後尾の自分の座席に着くと、既に私は疲労困憊の状態でした。ところが、隣に座った先輩は涼しい顔で、鞄から一冊の単行本を取り出すではありませんか。

私はといえば、新婚旅行で海外へ行ってから10年余、人生二度目の海外にツァー客以上のテンションでまさに飛び立とうとする飛行機の窓から空港の流れる景色を食い入るように眺めていた、その隣の席でのことです。

日頃接している限り、その先輩はおよそ活字なんかに縁のある人じゃないと勝手に思っていた私も私ですが、「何を読んでるんですか?」 と尋ねた私に、彼が見せた本がこの本でした。「こういう仕事をしている以上、やっぱり読んどかんとね」 何でもないように、先輩はそう言ったのでした。

ハワイから帰って、すぐに私はこの本を買いに行きました。きっかけはどうあれ、その後私は北朝鮮の現実、特に金正日という人物のことが知りたくて何冊もの本を手にすることになります。

◆この本を読んでみてください係数  80/100

◆金賢姫とは一体どういう人物か。それがこの本には書かれています。日本で生まれ育った私達には全く異質の、北朝鮮という国家の実態をまざまざと知ることになります。彼女の父親は元外交官で、本人は小さな頃から映画に出演するなどしていた上級家庭の子女でした。容姿端麗・頭脳明晰で、日本語も堪能。そんな彼女が、ある日朝鮮労働党中央委員会調査部工作員として召喚され、「金玉華」 という偽名を与えられます。その後の彼女の人生は、本人の想像をはるかに越え、思いもしない運命へと突き進んでいくことになります。

関連記事

『午後二時の証言者たち』(天野節子)_書評という名の読書感想文

『午後二時の証言者たち』天野 節子 幻冬舎文庫 2017年10月10日初版 八歳の女児が乗用車に撥

記事を読む

『嫌いなら呼ぶなよ』(綿矢りさ)_書評という名の読書感想文

『嫌いなら呼ぶなよ』綿矢 りさ 河出文庫 2025年8月20日 初版発行 あの綿矢りさが 「

記事を読む

『夫の墓には入りません』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

『夫の墓には入りません』垣谷 美雨 中公文庫 2019年1月25日初版 どうして悲し

記事を読む

『愚者の毒』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文

『愚者の毒』宇佐美 まこと 祥伝社文庫 2017年9月10日第4刷 1985年、上

記事を読む

『道徳の時間』(呉勝浩)_書評という名の読書感想文

『道徳の時間』呉 勝浩 講談社文庫 2017年8月9日第一刷 道徳の時間を始めます。殺したのはだれ

記事を読む

『ヘヴン』(川上未映子)_書評という名の読書感想文

『ヘヴン』川上 未映子 講談社文庫 2012年5月15日第一刷 「わたしたちは仲間です」- 十

記事を読む

『中尉』(古処誠二)_書評という名の読書感想文

『中尉』古処 誠二 角川文庫 2017年7月25日初版発行 敗戦間近のビルマ戦線に

記事を読む

『琥珀の夏』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『琥珀の夏』辻村 深月 文春文庫 2023年9月10日第1刷 見つかったのは、ミカ

記事を読む

『福袋』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『福袋』角田 光代 河出文庫 2010年12月20日初版 私たちはだれも、中身のわ

記事を読む

『口笛の上手な白雪姫』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『口笛の上手な白雪姫』小川 洋子 幻冬舎文庫 2020年8月10日初版 「大事にし

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『羆嵐』(吉村昭)_書評という名の読書感想文

『羆嵐』吉村 昭 新潮文庫 2026年12月20日 62刷発行

『妊娠カレンダー』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『妊娠カレンダー』小川 洋子 文春文庫 2020年12月20日 第2

『カフェーの帰り道』(嶋津輝)_書評という名の読書感想文

『カフェーの帰り道』嶋津 輝 東京創元社 2026年1月23日 4版

『きっと君は泣く』(山本文緒)_書評という名の読書感想文

『きっと君は泣く』山本 文緒 角川文庫 2026年1月25日 改版初

『彼女たちが隠したかったこと』(一木けい)_書評という名の読書感想文

『彼女たちが隠したかったこと』一木 けい 角川文庫 2026年1月2

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑