『ボダ子』(赤松利市)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/09 『ボダ子』(赤松利市), 作家別(あ行), 書評(は行), 赤松利市

『ボダ子』赤松 利市 新潮社 2019年4月20日発行

あらゆる共感を拒絶する、極限を生きた 「ある家族」 の肖像

バブルのあぶく銭を掴み、順風満帆に過ごしてきたはずだった。
大西浩平の人生の歯車が狂い始めたのは、娘が中学校に入学して間もなくのこと。
愛する我が子は境界性人格障害 (ボーダー) と診断された・・・・・・・。

震災を機に、ビジネスは破綻。東北で土木作業員へと転じる。
極寒の中での過酷な労働環境、同僚の苛烈ないじめ、迫り来る貧困 - 。
チキショウ、金だ! 金だ! 絶対正義の金を握るしかない!

再起を賭し、ある事業の実現へ奔走する浩平。
しかし、待ち受けていたのは
逃れ難き運命の悪意だった。(新潮社)

娘はボダ子と呼ばれた。ボーダーだからボダ子。
ボーダーとは境界性人格障害と呼ばれる深刻な精神障害で、それは成長とともに軽快する障害だが、その一方で、成人までの自殺率が十パーセントを超えるという。またリストカットをはじめとする自傷行為も繰り返す。

三度目の結婚で授かった娘だった。

冒頭、物語は如何にも “ボダ子” が主人公であるかのように始まってゆきます。しかし、そうではありません。正しくは 「恵子」 という名前がありながら、ボダ子が “ボダ子” であり続けねばならなかった彼女の、その背景にこそまず目を向けるべきだろうと。

読んだあなたは、きっと思うはずです。これは一体、どこまでが真実で、どこからがフィクションなんだろう? - と。

そして、いたたまれなくなるに違いありません。せめても、そんな少女は何処にもおらず、故意に作った架空の人物なんだと、そう願わずにはいられなくなります。それ程に、救いのない話ばかりが書いてあります。

最低の上に最低を上塗りしたようなゲスでクズな男の浩平は、それでも、ボダ子が唯一頼みとする人物です。母・悦子と別れ、父と二人で暮らした僅かばかり間のことを、彼女はいつの、どの時よりも楽しかったと言います。

一人娘のボダ子のことを、浩平は誰よりも愛していました。それは事実です。ところが、にもかかわらず、浩平は彼女の内なる葛藤を結局のところ見て見ぬふりを通します。それがボダ子にとってどれほど辛いことであったかを知るや知らずや・・・・・・・

逃げてばかりの父と、端から我が子を我が子とも思わない母の間で、ボダ子が “ボダ子” であり続けねばならなかった運命の、その果てのなさを思うとき、一体私は何を読まされているのだろうと。

たとえ、物語の主体が父・浩平の人生にあったとしても、それを差し置いて、なお “ボダ子” の慟哭こそを、強くイメージすべきだろうと。

境界性人格障害 ボーダー)]とは -
不安定で激しい対人関係を特徴とする障害。青年期以降に表面化することが多く、女性の方が多い。相手の些細な動作や態度から、見捨てられたと感じ、怒り出したりパニック状態になる。また親子関係などでは依存と攻撃が突然入れ替わり、周囲の者は巻き込まれていく。衝動的・自己破壊的な行為をしがちで、リスト・カットや大量服薬などの自傷行為、暴飲暴食、行きずりの性行動などが見られることもある。その背景には、慢性的な強い空虚感や孤独感がある。心理療法においても、不安定な人間関係が再現されて困難に陥ることも多いが、専門家との長期にわたる継続的な関わりが意味を持つ。(田中信市/東京国際大学教授 2007年/朝日新聞 「知恵蔵」より)

この本を読んでみてください係数 85/100

◆赤松 利市
1956年香川県生まれ。

作品 「藻屑蟹」「鯖」「らんちう」

関連記事

『にぎやかな落日』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『にぎやかな落日』朝倉 かすみ 光文社文庫 2023年11月20日 初版1刷発行 「今まで自

記事を読む

『殺戮にいたる病』(我孫子武丸)_書評という名の読書感想文

『殺戮にいたる病』我孫子 武丸 講談社文庫 2013年10月13日第一刷 東京の繁華街で次々と猟奇

記事を読む

『恋に焦がれて吉田の上京』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『恋に焦がれて吉田の上京』朝倉 かすみ 新潮文庫 2015年10月1日発行 札幌に住む吉田苑美

記事を読む

『業苦 忌まわ昔 (弐)』(岩井志麻子)_書評という名の読書感想文

『業苦 忌まわ昔 (弐)』岩井 志麻子 角川ホラー文庫 2020年6月25日初版

記事を読む

『悪寒』(伊岡瞬)_啓文堂書店文庫大賞ほか全国書店で続々第1位

『悪寒』伊岡 瞬 集英社文庫 2019年10月22日第6刷 男は愚かである。ある登

記事を読む

『眠れない夜は体を脱いで』(彩瀬まる)_書評という名の読書感想文

『眠れない夜は体を脱いで』彩瀬 まる 中公文庫 2020年10月25日初版 自分の

記事を読む

『僕の神様』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『僕の神様』芦沢 央 角川文庫 2024年2月25日 初版発行 あなたは後悔するかもしれない

記事を読む

『凶獣』(石原慎太郎)_書評という名の読書感想文

『凶獣』石原 慎太郎 幻冬舎 2017年9月20日第一刷 神はなぜこのような人間を創ったのか?

記事を読む

『八月の路上に捨てる』(伊藤たかみ)_書評という名の読書感想文

『八月の路上に捨てる』伊藤 たかみ 文芸春秋 2006年8月30日第一刷 第135回 芥川賞

記事を読む

『彼女は存在しない』(浦賀和宏)_書評という名の読書感想文

『彼女は存在しない』浦賀 和宏 幻冬舎文庫 2003年10月10日初版 平凡だが幸せな生活を謳歌し

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『メイド・イン京都』(藤岡陽子)_書評という名の読書感想文

『メイド・イン京都』藤岡 陽子 朝日文庫 2024年4月30日 第1

『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『あいにくあんたのためじゃない』柚木 麻子 新潮社 2024年3月2

『執着者』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『執着者』櫛木 理宇 創元推理文庫 2024年1月12日 初版 

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑