『明るい夜に出かけて』(佐藤多佳子)_書評という名の読書感想文

『明るい夜に出かけて』佐藤 多佳子 新潮文庫 2019年5月1日発行

富山は、ある事件がもとで心を閉ざし、大学を休学して海の側の街でコンビニバイトをしながら一人暮らしを始めた。バイトリーダーでネットの 「歌い手」 の鹿沢、同じラジオ好きの風変りな少女佐古田、ワケありの旧友永川と交流するうちに、色を失った世界が蘇っていく。実在の深夜ラジオ番組を織り込み、夜の中で彷徨う若者たちの孤独と繋がりを暖かく描いた青春小説の傑作。山本周五郎賞受賞作。(新潮文庫)

- 主な登場人物たちが (二十歳を超える者には相応しくない呼び名かもしれないが) 少年少女で、テーマがラジオだと知ったときは、心臓に引っ張られて体がバウンドするくらい興奮した。私の大好きな要素が見事に合体しているではないか。

実際、ラジオの番組で曜日を把握している身として、オールナイトニッポン、JUNK、GROOVE LINE、ラジオ深夜便、ナインティナイン爆笑問題くりぃむしちゅー、出てくる単語ひとつひとつにあまりにも馴染みがあり、文章を追うだけでひたすらに楽しかった。

物語の主人公は、富山一志、二十歳。都内の大学に通う学生だったが、今は休学している。実家も都内にあるものの、それまで暮らしていた空間から距離を置くため金沢八景にて独り暮らしを始め、深夜のコンビニでアルバイトに勤しんでいる。

富山が休学している理由は、他人の体への接触が生理的に苦手だということに遠因がある。富山は自身の接触恐怖症の傾向を認識していたものの、好きな異性に対してもその症状が全く軽減されないとは考えていなかった。好き同士なのに接触を拒まれた女性は傷つき、その友人が事の顛末をインターネット上で喧伝した。富山がただの大学生ならばそれだけで済んだ問題かもしれないが、富山はただの大学生ではなかった。

深夜のラジオ番組、「アルコ&ピースのオールナイトニッポン」(以下、アルピーANN) で投稿が多数採用されている、名の知れたハガキ職人だったのだ。

結局、ラジオネームに始まり、富山の個人情報はインターネットの海でどんどん拡散されてしまった。不特定多数の好奇の目に晒されることになった富山は、ラジオへの投稿を自粛し、暮らす場所を金沢八景に移すことを決める。そこで関わりを深めていくのが、アパートを斡旋してくれた旧友・永川、三歳年上のバイト仲間・鹿沢、そしてコンビニに現れた一風変わった女子高生・佐古田である。(解説より by朝井リョウ)

ラジオの深夜番組のヘビーリスナーだけでは飽き足らず、自らが参画すべく番組への投稿を繰り返す、若者が中心の熱心なファンのことを “ハガキ職人” という。

かつて熱心なハガキ職人だった頃の富山は - 彼に限らず、往々にして多くのリスナーは - 気持ちのいい孤独に存分にひたって聴けばいいのに、ついついパソコンかスマホで、ツイッターを見てしまう。

生放送をリアルタイムで聴くためには、どうしてもradikoアプリに頼る。つまり、アプリを入れているパソコンかスマホをいやでも使うから、その流れでツイッターを開くことになりがちだ。
♯ - 一見、シャープと読みそうなこの記号は、ツイッターでは、ハッシュタグと呼ばれる。これを頭につけて関連ワードで検索すると、同じものに興味を持っている人とつながる。「♯アルピーann」 と検索する。annは、all night nippon - オールナイトニッポンの略だ。番組をリアルタイムで聴いているリスナーたちが、次々と短いツイートをする。感想、反応、パーソナリティーやメールの言葉をそのまま書き出だす。こうしてハッシュタグを番組名につけてツイートすることを 「実況」 と呼ぶ。深夜ラジオの実況には、常連のハガキ職人も集まっていて、好きなもん同士でわいわい一緒に騒いで聴く感じになる。(P56.57)

投稿は更なる投稿を呼び、選別され、運良くパーソナリティーの目に留まると、時に番組で披露されることになる。思いのほかウケ、褒められでもすると、名もなき一人のリスナーはラジオネームを以て認知され、同じ思いの多くのリスナーに崇められることになる。

富山一志も、かつてはそんな人物だった。「ジャンピング・ビーン」 というラジオネームの、知る人ぞ知るハガキ職人だった。その富山が、当時 “とても敵わない” という奴がいた。「虹色ギャランドゥ」 と名乗るその人物が今、レジカウンターを挟んで目の前にいる。

深夜のコンビニに現れたそのチビな女は、パジャマみたいなパウダーピンクのジャージの上下にスウェットのリュックを背負い、雑誌のコーナーめがけて突進して来たのだった。それが、佐古田愛だった。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆佐藤 多佳子
1962年東京都生まれ。
青山学院大学文学部史学科卒業。

作品 「サマータイム」「一瞬の風になれ」「黄色い目の魚」「神様がくれた指」「ハンサム・ガール」「聖夜」「しゃべれども しゃべれども」他多数

関連記事

『阿弥陀堂だより』(南木佳士)_書評という名の読書感想文

『阿弥陀堂だより』南木 佳士 文春文庫 2002年8月10日第一刷 作家としての行き詰まりを感じて

記事を読む

『明日も会社にいかなくちゃ』(こざわたまこ)_書評という名の読書感想文

『明日も会社にいかなくちゃ』こざわ たまこ 双葉文庫 2023年9月16日第1刷発行

記事を読む

『哀原』(古井由吉)_書評という名の読書感想文

『哀原』古井 由吉 文芸春秋 1977年11月25日第一刷 原っぱにいたよ、風に吹かれていた、年甲斐

記事を読む

『あとかた』(千早茜)_書評という名の読書感想文

『あとかた』千早 茜 新潮文庫 2016年2月1日発行 実体がないような男との、演技めいた快楽

記事を読む

『八月の青い蝶』(周防柳)_書評という名の読書感想文

『八月の青い蝶』周防 柳 集英社文庫 2016年5月25日第一刷 急性骨髄性白血病で自宅療養するこ

記事を読む

『犬婿入り』(多和田葉子)_書評という名の読書感想文

『犬婿入り』多和田 葉子 講談社文庫 1998年10月15日第一刷 多摩川べりのありふれた町の学習

記事を読む

『うつくしい人』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『うつくしい人』西 加奈子 幻冬舎文庫 2011年8月5日初版 他人の目を気にして、びくびくと

記事を読む

『老老戦記』(清水義範)_書評という名の読書感想文

『老老戦記』清水 義範 新潮文庫 2017年9月1日発行 グループホームの老人たちがクイズ大会に参

記事を読む

『妻籠め』(佐藤洋二郎)_書評という名の読書感想文

『妻籠め』佐藤 洋二郎 小学館文庫 2018年10月10日初版 父を亡くし、少年の頃の怪我がもとで

記事を読む

『泳いで帰れ』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『泳いで帰れ』奥田 英朗 光文社文庫 2008年7月20日第一刷 8月16日、月曜日。朝の品川駅

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『あいにくあんたのためじゃない』柚木 麻子 新潮社 2024年3月2

『執着者』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『執着者』櫛木 理宇 創元推理文庫 2024年1月12日 初版 

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑