『ワーカーズ・ダイジェスト』(津村記久子)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/14
『ワーカーズ・ダイジェスト』(津村記久子), 作家別(た行), 書評(わ行), 津村記久子
『ワーカーズ・ダイジェスト』津村 記久子 集英社 2011年3月30日第一刷
2011年 第28回織田作之助賞受賞作
社会人になって約10年、人間30歳も過ぎればよほどのバカでない限り、世間は考えていたほど甘くなく職場ではあらゆる理不尽が横行していることを、誰もが承知しています。承知しているが故に、日々摩耗して、朝の目覚めは一方的に悪くなるばかりなのです。
この小説は、そんな〈働くひと〉の物語です。登場人物たちは仕事に疲れ、プライベートでは恋や結婚に悩みます。それは傍から見ると案外と滑稽で、微笑ましくもあるのですが、もちろん本人たちは至って真剣です。決して、笑ったりしてはいけないのです。
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佐藤奈加子と佐藤重信。2人は赤の他人ですが、たまたま名字が同じです。と思いきや、何と年齢も同じなら、あろうことか生まれた月日まで一緒なのです。2人は1月4日生まれの31歳、共に大阪の出身です。奈加子は地元のOL、重信は東京のサラリーマンです。
2人がいるのは、大阪駅に隣接するホテルの喫茶店。デザイン会社で働く傍ら、副業でライターの仕事をしている奈加子は、上司の代理でやって来たこの日の打ち合せで、東京の建設会社に勤める佐藤重信と出会います。重信もまた代役で、大阪へは出張の身です。
打ち合せは思いの外短時間で終わり、奈加子は大丸の端にあるサンマルコを目指します。打ち合せの前から、奈加子はサンマルコのカレーを食べようと心に決めていました。無理して早く会社に戻りたくもないし、何より奈加子はカレーが食べたかったのです。
店に入ると、男が注文する声が聞こえます。
「すみません、なすびカレー大盛りになすびトッピングしてください」
なすびオンなすび? 少しぎょっとして、奈加子は男の風体を確かめます。
そこにいたのは、さっき別れたばかりの佐藤重信でした。重信は、皿を受け取りながら、ちょっと驚いてしまうぐらい幸せそうに笑います。奈加子は、数秒の間に不思議なぐらいその横顔を頭の中で反芻してから、注文したトマトとなすびのカレーを受け取ります。
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この小説には、食べ物に関する印象的な話が2つあります。ひとつがサンマルコのカレーで、もうひとつが「スパカツ」です。重信が異動で東京から大阪に戻り、担当したマンションの建設現場近くにあった、古びた店構えの洋食屋で食べたのが「スパカツ」でした。
店主によると、スパゲティの上にトンカツを載せてドミグラスソース”のようなもの”をかけたものが「スパカツ」です。小説では「特に新鮮さや驚きはないのだが、これまでに洋食に対して積み上げられた既視感が熟成された、なんとも言えない多面体の〈知っている〉が凝縮されたような味」ということになります。当然、重信はひどくうまいと思います。
これは後半で分かることですが、当時食欲と性欲不振に落ち込んでいた重信は、書店で何気に「関西洋食決定版」というグルメ本を見つけるのですが、その中に「スパカツ」の紹介記事が載っていました。見出しの隣には(取材・文 佐藤奈加子)と表記があります。
〈かなこ〉ではなくて〈なかこ〉か・・・、と呟いたのがきっかけで重信は奈加子のことを思い出します。確証はなくとも、打ち合せの後にサンマルコで喋った内容を考えると、記事を書いたのはたぶん奈加子に間違いないと、重信は確信するのでした。
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奈加子は、大学時代から10年近く付き合った恋人・孝と別れたばかりです。理由は、お互いがお互いに対しての態度が悪かったこと。理解してくれという甘えが先行して、互いに相手の話を聞く耳を持つことすら惜しむようになったことでした。
重信は、担当現場での、顔も忘れた同級生からの執拗なクレームに困惑しています。彼は元来、人間嫌いです。飲み会は苦手で、やっと笑いながら人の話に相槌を打つ技術を身に付けたところです。人事は気になりますが、人にはそれぞれ役割があると思っています。
実家の母親が心配になり、生え際の後退も気になります。EDを疑って、泌尿器科へ行ったりもします。重信は改めて、人間と同じくらいの寿命を持つ物について考えます。自分自身が、iPod や冷蔵庫や自動車よりも長持ちしていることに、彼は純粋に驚いています。
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奈加子も重信も、かなり消耗しています。けれども、決して投げやりなわけではありません。彼らは、むしろ真面目で勤勉な人間です。仕事に対しても、自分の内面ともきちんと向き合って、精一杯の力で生きようとしています。
だから、なおのこと疲れてしまうのです。社会人となり、30歳を過ぎて、それこそ結婚して子どもがいたりすると、自ずと世界は別の色合いへと変化していくのですが、彼らは今その間際で滞留し、空しさを埋める何ものかを探すのに疲れ、助けを求めているのです。
年が明けて、1月4日の初出の日。そんな2人は33歳になり、奇妙な場所でまたもや出会うことになります。しかし、2人の再会は小説ほどロマンティックなものではありません。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆津村 記久子
1978年大阪府大阪市生まれ。
大谷大学文学部国際文化学科卒業。
作品 「まともな家の子供はいない」「君は永遠にそいつらより若い」「カソウスキの行方」「ミュージック・ブレス・ユー!!」「アレグリアとは仕事はできない」「ポトスライムの舟」「とにかくうちに帰ります」「婚礼、葬礼、その他」他多数
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