『時穴みみか』(藤野千夜)_書評という名の読書感想文

『時穴みみか』藤野 千夜 双葉文庫 2024年3月16日 第1刷発行

平成生まれの少女がある日突然、昭和49年へ。

シリーズ累計20万部超じい散歩著者、隠れた名作が9年越しの文庫化!

小六の美々加は、シングルマザーのママに恋人ができて以来、学校の帰り道に道草をするようになった。ある日、黒猫のあとをつけて巨木の根元の空洞をくぐり抜けると、知らない家で目を覚ます。くみ取りのトイレやダイヤル式の電話、学校ではこっくりさんに夢中な級友・・・・・・・。どうやら昭和49年にタイムスリップしたらしい。当たり前のように美々加を 「さら」 と呼び、たっぷりの愛情を注いでくれる小岩井家の次女としての日々が始まった。優しさと温もりに包まれた、ノスタルジックな冒険譚。解説・田中兆子 (双葉文庫)

読むと、いつか必ず泣くときがやってきます。読んだあとかも知れません。少し考えて、やっとその訳がわかります。

『時穴みみか』 を読み終わった人はおそらく、この作品は一見すると児童文学もしくは少女小説のようだけれど、実は、人生のさまざまな別れを知っている大人が読むにふさわしい物語である、ということに深く同意してくれるのではないかと思う。

藤野千夜作品は、山あり谷ありではないのに読むのが止められないストーリーもさることながら、出てくるアイテム、食べ物、作品名などの、何ともいえない絶妙さを楽しむのが醍醐味であり、それを少々紹介するこの解説は、ネタバレに近いものがある。

私が初めて読んだときの、つい吹き出してしまったり、にんまりしてしまった笑いを、あなたにもぜひ味わってもらいたい。

『不思議の国のアリス』 の主人公がうさぎを追いかけて穴に落っこちたように、小学六年生の大森美々加は猫を追いかけて、神社にある巨大な木の根元の空洞をくぐる。するとなぜか昭和四十九年にタイムスリップし、小学四年生の小岩井さらという女の子になってしまう。母と二人暮らしで年のわりに甘ったれな美々加は元の時代に帰りたくてたまらないが、やさしい小岩井家の人々やクラスの仲の良い女の子たちのおかげで、昭和というワンダーランドにじょじょに慣れていく。

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もし若い読者が小説のなかで知らない固有名詞にぶちあたったならば、Google先生に聞くのが一番手っ取り早いとはいえ、なるべく身近にいる中高年に直接質問してほしい。ときには、「それ知らない」 とそっけない答えが返ってくるかもしれないが (昭和三十八年生まれの夫は 「象印賞」 を知らなかった)、きっとほとんどのアラフィフ以上は、くい気味に、暑苦しいほどの熱意でもって教えてくれるに違いない。

小岩井さらと同じ年の同じ月に生まれた中島京子さんは、書評で 「ガンコな汚れに、ザブがある~」 というCMソングを披露されていたし、私は 「プレハブ教室」 「ワリチョー」 という言葉に激しく反応した。人によってツボにはまる言葉が違うのがまた楽しいのである。(解説より)

もちろんこの小説は、昭和生まれの人間がかつて過ごした時代をただ懐かしむために書かれたものではありません。今を生きる小学六年生の大森美々加と昭和四十九年に生きる小学四年生の小岩井さら - 二人は他人同士で、もちろん何の関係もありません。姿かたちこそ瓜二つではありますが、まるで違う人生を歩んでいます。現実にはあり得ないのですが、何が読者を泣かせてしまうのでしょう。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆藤野 千夜
1962年福岡県生まれ。
千葉大学教育学部卒業。

作品 95年 「午後の時間割」 で第14回小説海燕新人文学賞、98年 「おしゃべり怪談」 で第20回野間文芸新人賞、2000年 「夏の約束」 で第122回芥川賞受賞。その他の著書に 「ルート225」「編集ども集まれ! 」「団地のふたり」「じい散歩」「じい散歩 妻の反乱」 など多数。

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