『破 船』(吉村昭)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2025/01/17 『破 船』(吉村昭), 作家別(や行), 吉村昭, 書評(は行)

『破 船』吉村 昭 新潮文庫 2024年9月20日 37刷

2022年 本屋大賞超発掘本! 受賞作

僻地の寒村に幸をもたらす難破船お船様。しかし、今度の お船様 は疫病神だった!  異様な海辺の風習を描いた異色長編

二冬続きの船の訪れに、村じゅうが沸いた。しかし、積荷はほとんどなく、中の者たちはすべて死に絶えていた。骸が着けていた揃いの赤い服を分配後まもなく、村を恐ろしい出来事が襲う・・・・・・・。嵐の夜、浜で火を焚き、近づく船を座礁させ、その積荷を奪い取る - 僻地の貧しい漁村に伝わる、サバイバルのための異様な風習 “お船様“ 。難破船が招いた、悪夢のような災厄を描く、異色の長編小説。(新潮文庫)

よくある “怖い話“ よりかは、何倍も恐ろしい。コロナの初期がそうであったように、突然舞い込んだ 「災厄」 の正体が何なのか、それがわからないのが何より恐ろしい。人から人にうつるのか。うつると人は死んでしまうのか。治療薬はあるのか、ないのか - 。

うつると人は隔離され、死ぬと、家族にも会えないままに焼かれて骨になる。村人にはそうするしかほかに、なすすべがない。

読者がここに読むものは、簡明で無駄なく、まるで硬質な文体がそぎおとすように刻みあげていく、かつての漁村の苛酷な不幸の物語である。

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主人公の伊作は九歳、父は三年間の年季奉公で回船問屋に売られており、母と弟の磯吉、それに 「かね」 と 「てる」 の妹たちと彼は暮らしているが、彼はすでに浜辺で働き、やがて 「村おさ」 の命令で 「塩焼き」 に出る。そのうち幼ない磯吉も母の言いつけで家事を手伝い、伊作と漁をおぼえる。

戸数十七戸の村は誰しもが他の家の事情に通じている。たとえば吉蔵の妻は三年の年季で売られたが、その間に他の男と通じたうたがいで夫に殴打されている、というような事柄だ。やがて彼女は堪えかねて首をつり、吉蔵も崖から投身して死ぬ。伊作は仙吉の娘、民に恋をおぼえるが、労働のきびしさと習慣はそれをゆるさない。伊作と同年の佐平の父も民の姉も口入れ屋で身を売り、貧困は偏在している。

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ところで 「塩焼き」 は、単に塩を生産するだけでなく、夜焼くその明りにひきよせられ、岩礁で破船する船の積荷を奪うためだ。村の生活はそれで一時的にせようるおうが、いいかえればそれは村ぐるみの犯罪であると言ってよい。この船の到来をねがう祭事が 「お船様」 であり、その祈願は孕み女が中心となって行われ、「村おさ」 の家で箱膳をけとばすことを主要な行為とする。(中略) この年、大量の米を積んだ船が破船し、船に傷ついて残った男四人も全て殺され、三百余の俵は家々に分配された。

伊作の家には八俵が与えられたが、それは数年間を支える米となる。このおそるべき行為は他村にもれず、徹底して秘密とされ、もれるおそれのある時は山中に移して隠匿されるが、もし露見してお上に引き立てられれば死罪をふくむ重罪となる。(解説より)

幼い伊作にとって、父に代わって家を守るのは至難なことでした。大人と同じに力仕事をするのも、漁をするのも。それでもしろと母は言うのですが、満足にできるわけがありません。そうでなくてもひもじい暮らしに、「お船様」 がよいかわるいかなどいうのは考える余地もありません。伊作にとって 「お船様」 は先から続く村の祭事で、他にない “僥倖“ でした。たとえ犯罪であったとしても、家族がいっとき潤うとなれば、背に腹は代えられません。

※この小説は 「日本海沿岸に残る江戸初期の古記録などを基に執筆された虚構作品」 で、「破船させて積荷を奪う」 という風習と、「疱瘡 (天然痘) に罹った者を船に乗せて海に流した」 という記録を眼にして構想されたそうです。昭和55年7月から翌年12月まで 「ちくま」 という雑誌に 「海流」 というタイトルで連載され、57年、単行本として筑摩書房から刊行されました。吉村作品の中で最も多くの言語に翻訳された小説です。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆吉村 昭 1927年東京・日暮里生まれ。学習院大学中退。2006年没。

作品 1966年 『星への旅』 で太宰治賞を受賞。同年発表の 『戦艦武蔵』 で記録文学に新境地を拓き、同作品や 『関東大震災』などにより、’73年菊池寛賞を受賞。主な作品に 『ふぉん・しいほるとの娘』 (吉川英治文学賞)、『冷い夏、熱い夏』 (毎日芸術賞)、『破獄』 (読売文学賞、芸術選奨文部大臣賞)、『天狗争乱』 (大佛次郎賞) 等がある。

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