『おまえレベルの話はしてない』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『おまえレベルの話はしてない』芦沢 央 河出書房新社 2025年9月30日 初版発行

こんなによわいのに好きなんて、かわいそうだな、おまえ。

プロ棋士という夢に人生を食い潰された男2人がスパークするアンチ青春小説、爆誕!!

小学生の頃から、棋士という夢を追って切磋琢磨してきた芝と大島。芝は夢を叶えたものの成績が低迷、一方の大島は夢を諦め弁護士になった。道が分かれたからこそ、今も消えない互いへの嫉妬、羨望、侮蔑。2人の行方にあるのは、光か闇か? (河出書房新社)

「将棋のことは何も知らない」 という人でも大丈夫 - と言いたいところですが、前半 (の一部) はちょっと手こずるかもしれません。実際に駒を動かす際の表記や出てくる専門用語などについては (できれば) 知らないよりは知っている方がいいのは当然で、対戦の際のかけひきやその場の緊迫した雰囲気なども、わかっていればなお感じるものがあるのだろうと。但し、(繰り返しになりますが) そんな箇所はほんの一握りに過ぎません。安心してください。心配は無用です。

「おまえレベルの話はしてない」。腹立つタイトルだな、と思ったあなた。立ち止まってほしい。本作はタイトルからは予想もつかない、将棋のプロ棋士を目指して奨励会にかつて在籍していた男二人を描いた、二部構成の物語なのだ。

前半の語り手は過酷な奨励会の三段リーグを乗り越え、プロ棋士となった芝悠大。しかし芝は成績不振に陥り、AIの研究によって新しい一手が更新されつづける現実にも追いつけないでいた。

芝を通じて描かれるのは、AI登場以降の棋士が直面している苦悩だ。AIが最善手を提示するようになり、将棋の世界は大きく変わった。生身の肉体では正確さでも速さでも追いつけない。だから芝はAIの判断を記憶した無意識に従うことで速さを補い、適当なジンクスを掲げて正確さのかわりにする。追いつこうとするあまり、かえって将棋に最も欠かせない思考を放棄しようとする姿は、感情に翻弄される人間らしさにも、人間の営みを逸脱した異様なものにも映る。

そして没入感をもたらす本作最大の見どころこそ、著者の過去作にはみられなかった特異な文体だ。芝の一人称で語られていく前半は、漢字に変換される前のひらがなを多用することで、考えが整理される以前の思考を吐き出すようにつづる。また、短く区切ったセンテンスを立て続けに並べ、「いま」 語られている印象を強める。本能に身を任せた語りが、プロ棋士の世界で一瞬一瞬をもがいている芝の姿を浮き彫りにするのだ。

しかしその必死さも、当のAIからすれば一蹴されてしまうだろう。「おまえレベルの話はしてない」 と。終盤でとある仕掛けも用意されており、最後まで気が抜けない。

続く後半では、芝の友人でいまは弁護士になった大島が語り手となる。著者の作品を知る読者は、安定した文体に安心するだろう。だからこそ芝の異様さも際立つ。プロ棋士の生きる姿に、あなたも感情を揺さぶられてほしい。(あわいゆき/産経新聞ニュースより)

※「芦沢央が2年をかけて完成させた最高傑作」 とあり、評判を呼んでいるようです。『神の悪手』 という本を見つけた時は驚きました。芦沢さんが将棋に興味があったなんて、これっぽっちも思っていなかったからです。将棋を題材に、こんな話を書こうとしていたとは。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆芦沢 央
1984年東京都生まれ。
千葉大学文学部史学科卒業。

作品 「罪の余白」「許されようとは思いません」「いつかの人質」「悪いものが、来ませんように」「火のないところに煙は」「汚れた手をそこで拭かない」「神の悪手」「夜の道標」他多数

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