『ホテルローヤル』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/14
『ホテルローヤル』(桜木紫乃), 作家別(さ行), 書評(は行), 桜木紫乃
『ホテルローヤル』桜木 紫乃 集英社 2013年1月10日第一刷
「本日開店」は貧乏寺の住職の妻・幹子が、自分の躰を提供することで檀家からお布施を受け取るという話。仏に仕える身でありながら何とも淫らなことをと思うのですが、これは寺の生計を維持するために先の総代から幹子に提案された約束事でした。幹子、夫である住職の西教、檀家の人々すべてが承知の上で、菩提寺が檀家へ施す「奉仕」の役目を担うものでした。
檀家の老人を相手にするのは、看護助手だった幹子にとっては訳ないことでした。老人のささやかな欲望を処理することは、幹子にすれば前職の延長に過ぎないものでした。そんな幹子の前に現れた新しい総代の佐野は、戸惑いながらも幹子を普通に抱きます。幹子が忘れかけていた躰の疼きを久方ぶりに感じた瞬間でした。
住職の妻が 「奉仕」 と称して檀家の男たちと関係するとは、およそ現実とは思えない話です。しかし、桜木紫乃はそれをさらりと日常に紛れ込ませて同化させてしまいます。
[作中より抜粋しています]
目覚めたときには男も金も、部屋からなくなっていた。
男に騙されたことよりも、財布に一泊分の部屋代とタクシー代が残っていたことに動揺した。
幹子はアパートまでたどり着けるぎりぎりの金が財布に残っているのを見て、自分が十人並みかそれ以上の容姿を持っていればこの金もなかったろうと思った。
そして、そんな容姿があったなら、騙されることもなかったろうにと自分を哀れんだ。
幹子が住職と結婚する前、当時付き合っていた男とホテルへ行った際に、工面するよう頼まれた現金ごと男が消え去った後の場面です。
男に逃げられてラブホテルに一人残された幹子の心情が淡々と書かれてあり、桜木紫乃らしさが際立つ文章だと思います。彼女が書く、このトーンが私は好きです。
一文無しになった幹子に舞い込んだ結婚話が、寺の住職の妻になるというものでした。
この短編の主人公・幹子は、決して浮き足立つような物言いはしません。不幸な自分をありのまま引受けて、泣き喚く代わりに冷静になって自己分析さえしてみせます。
まるで不幸であることを運命付けられたように感じる場面でも、潔い諦念とぎりぎりの忍耐で凌いでみせるのです。
・・・・・・・・・・
この小説は、釧路の湿原を背に建つラブホテル「ホテルローヤル」を物語の背景に据えた、「本日開店」を含む7つの短編が収められた直木賞受賞作品です。
幹子をはじめここに登場する女性たちは、つかの間の男女の情交に一縷の望みを託しながら、閉塞感に覆われた日々の暮らしを何とかやり過ごしています。
恋人から投稿ヌードのモデルとして撮影を頼まれる美幸、舅との同居で夫と肌を合わせる時間がない恵、働かない年下の夫を持つホテルの清掃係のミコ、、等々。
彼女たちが手にする一瞬の愉楽を桜木紫乃は見逃しません。それが多くの不幸に閉ざされたなかで咲くあだ花だと承知している分、なお切なくもあるのですが。
この本を読んでみてください係数 90/100
◆桜木 紫乃
1965年北海道釧路市生まれ。
高校卒業後裁判所のタイピストとして勤務。
24歳で結婚、専業主婦となり2人目の子供を出産直後に小説を書き始める。
2007年『氷平線』でデビュー。
ゴールデンボンバーの熱烈なファンであり、ストリップのファンでもある。
作品 「氷平線」「凍原」「ラブレス」「硝子の葦」「起終点駅」「無垢の領域」「蛇行する月」「星々たち」など
◇ブログランキング
関連記事
-
-
『八月の青い蝶』(周防柳)_書評という名の読書感想文
『八月の青い蝶』周防 柳 集英社文庫 2016年5月25日第一刷 第26回小説すばる新人賞 第5回広
-
-
『春の庭』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文
『春の庭』柴崎 友香 文春文庫 2017年4月10日第一刷 東京・世田谷の取り壊し間近のアパートに
-
-
『浮遊霊ブラジル』(津村記久子)_書評という名の読書感想文
『浮遊霊ブラジル』津村 記久子 文芸春秋 2016年10月20日第一刷 「給水塔と亀」(2013
-
-
『火口のふたり』(白石一文)_書評という名の読書感想文
『火口のふたり』白石 一文 河出文庫 2015年6月20日初版 『火口のふたり』
-
-
『赤頭巾ちゃん気をつけて』(庄司薫)_書評という名の読書感想文
『赤頭巾ちゃん気をつけて』庄司 薫 中公文庫 1995年11月18日初版 女の子にもマケズ、ゲバル
-
-
『身の上話』(佐藤正午)_書評という名の読書感想文
『身の上話』佐藤 正午 光文社文庫 2011年11月10日初版 あなたに知っておいてほしいのは、人
-
-
『人のセックスを笑うな』(山崎ナオコーラ)_書評という名の読書感想文
『人のセックスを笑うな』山崎 ナオコーラ 河出書房新社 2004年11月30日初版 著者が2
-
-
『ウィメンズマラソン』(坂井希久子)_書評という名の読書感想文
『ウィメンズマラソン』坂井 希久子 ハルキ文庫 2016年2月18日第一刷 岸峰子、30歳。シ
-
-
『初めて彼を買った日』(石田衣良)_書評という名の読書感想文
『初めて彼を買った日』石田 衣良 講談社文庫 2021年1月15日第1刷 もうすぐ
-
-
『ハーレーじじいの背中』(坂井希久子)_書評という名の読書感想文
『ハーレーじじいの背中』坂井 希久子 双葉文庫 2019年1月13日第一刷 坂井希

















