『私の息子はサルだった』(佐野洋子)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/10
『私の息子はサルだった』(佐野洋子), 佐野洋子, 作家別(さ行), 書評(わ行)
『私の息子はサルだった』佐野 洋子 新潮文庫 2018年5月1日発行
何でもやってくれ。子供時代を充分子供として過ごしてくれたらそれでいい - 本を読んで、お話をして、とせがんだ幼い息子。好きな女の子が「何考えていたのかなあ」と想像する小学生の息子。中学生になり、父親を亡くした親友に接する息子・・・・・・・。著者は自らの子を不思議な生き物のように驚きつつ慈しむ。没後発見された原稿を集めた、心あたたまる物語エッセイ。(新潮文庫)
小学1年生の時、ケンは彼女に恋をします。
タニバタさんは入学式の時、新入生代表でりんりんとよく通るはっきりした声で、新入生のあいさつをした。たいしたもんだなぁ、ケンの母親は感心した。授業参観に行くと、一人だけずば抜けてしっかりした字を書いた絵日記があった。日記は最後の行までびっしり書いてある。絵もていねいに隅から隅まで手抜きなく描いてある。名前を見る。たにばたみな子と書いてある。ふーん。大したもんだ。(P43.44)
母親はいたく感心します。次いで息子のケンの絵日記を見ると、そこにははみ出さんばかりの、大きな赤いカニが描いてあります。大きく不ぞろいな字がたったの四行。ケンの母親は、とにかく元気がいいのに「まあいいか」と思い、タニバタさんの絵日記をもう一度見て、もう一度感心するのでした。
そのタニバタさんをして、ケンは学校帰りに門で待ち伏せて、一緒に帰り、夏休みに遊ぶ約束をしようとします。母親にそれをそのまま伝え、応援のために迎えに来てと頼むと、母親は「わかった」と言います。
ところが思わぬ成り行きに、ケンと母親は驚いて、
「あっ」
二人とも声にならない声を同時に出したことがわかる。タニバタさんが出て来た。飛びはねながら。タニバタさんは男の子としっかり手をつないで、二人で飛びはねながら笑っている。校門をわき見もせずに飛びはねながら通り過ぎて行った。
ケンと母親は手をだらんと下ろして、ぼうっと突っ立っている。そして力が抜けた顔を見合わせた。
「モグラのキンタマだ」
ケンは小さい声でつぶやく。二人は手をつないだまま、のろのろと道を歩いて行く。(P45)
また別の日の話。
- 理科の授業だった。先生はプラスチックのはかりを机の上に置いた。 「この前の続きをやるよ。ここにはかりがあるね。今ここの上に赤い箱が置いてある。こっちが下になっているね、先生はこの棒をまっすぐにしたい。さあどんな時、この棒はまっすぐになるんだったかな」
ハイハイハイと沢山手があがった。 「じゃあ、ケン君」
ケンは、はりきって立ち上がった。
「運のいいとき」
母親はボウ然とした。 そうして一年生は終わった。(P53.54)
※この二つを紹介したのは -「モグラのキンタマ」と「運のいいとき」というのに - どこより爆笑したからに他なりません。
やがてケンは、タニバタさんを間に挟み、モグラのキンタマことウワヤくんと、他にもう一人、よっちゃんという同級生と友達になります。友達どころか、ケンとウワヤくんとよっちゃんの三人は “同盟” を結ぶほどの親友となり、それは大人になるまで続きます。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆佐野 洋子
1938年北京生まれ。2010年、没。享年、72歳。
武蔵野美術大学デザイン科卒業。ベルリン造形大学でリトグラフを学ぶ。
作品 絵本「100万回生きたねこ」「わたしのぼうし」ねえ とうさん」 エッセイ集「ふつうがえらい」「神も仏もありませぬ」「覚えていない」他、小説など多数
関連記事
-
-
『風葬』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文
『風葬』桜木 紫乃 文春文庫 2016年12月10日第一刷 釧路で書道教室を営む夏紀は、認知症の母
-
-
『県民には買うものがある』(笹井都和古)_書評という名の読書感想文
『県民には買うものがある』笹井 都和古 新潮社 2019年3月20日発行 【友近氏
-
-
『くちぶえ番長』(重松清)_書評という名の読書感想文
『くちぶえ番長』重松 清 新潮文庫 2020年9月15日30刷 マコトとは、それき
-
-
『幻年時代』(坂口恭平)_書評という名の読書感想文
『幻年時代』坂口 恭平 幻冬舎文庫 2016年12月10日初版 4才の春。電電公社の巨大団地を出て
-
-
『地面師たち』(新庄耕)_書評という名の読書感想文
『地面師たち』新庄 耕 集英社文庫 2022年2月14日第2刷 そこに土地があるか
-
-
『かたみ歌』(朱川湊人)_書評という名の読書感想文
『かたみ歌』 朱川 湊人 新潮文庫 2008年2月1日第一刷 たいして作品を読んでいるわけではな
-
-
『青い鳥』(重松清)_書評という名の読書感想文
『青い鳥』重松 清 新潮文庫 2021年6月15日22刷 先生が選ぶ最泣の一冊 1
-
-
『笑う山崎』(花村萬月)_書評という名の読書感想文
『笑う山崎』花村 萬月 祥伝社 1994年3月15日第一刷 「山崎は横田の手を握ったまま、無表情に
-
-
『妻籠め』(佐藤洋二郎)_書評という名の読書感想文
『妻籠め』佐藤 洋二郎 小学館文庫 2018年10月10日初版 父を亡くし、少年の頃の怪我がもとで
-
-
『僕のなかの壊れていない部分』(白石一文)_僕には母と呼べる人がいたのだろうか。
『僕のなかの壊れていない部分』白石 一文 文春文庫 2019年11月10日第1刷