『自由なサメと人間たちの夢』(渡辺優)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/10 『自由なサメと人間たちの夢』(渡辺優), 作家別(わ行), 書評(さ行), 渡辺優

『自由なサメと人間たちの夢』渡辺 優 集英社文庫 2019年1月25日第一刷

痛快な毒気をはらんだ物語センスが炸裂! 自殺未遂を繰り返す女が、入院先の病院で決意する最後の日の顛末とは -「ラスト・デイ」 冴えない男が事故で手を切断。新型の義手で人生を一発逆転する力を手に入れ -「ロボット・アーム」 メンヘラ気味のキャバ嬢のたったひとつの生きがいは、サメを飼うことだった -「サメの話」 新感覚フィクション、怒涛の全7編。(「BOOK」データベースより)

[ラスト・デイ]

さて、私は死にたい。本当に死にたい。心の底から死にたい。
そんなことを言うと世の中には、じゃあ死ねば? とか言ってくる思いやりの欠如したクズ共がいる。クズ共め。しかし私は死なない。もちろん死なない。すると想像力の欠如したクズ共は、なんだ本当は死にたくなんかないんじゃないか、とか言ってくる。まったく愚かしい限りである。私が死なないのは、死にたくないからではない。一度しか死ねないからもったいないのだ。
(P9)

宮村朋香。31歳、主婦。彼女が抱く希死念慮 (死に憧れ、死にたいと強く望む気持ち) は重篤で、決してふりや演技ではありません。

心から死にたいと願い、命を犠牲にしてでも死にたいくらい死が大好きな彼女は、故に、そう易々と死ぬなどということはもったいなくてとてもできません。彼女は、わざとなんちゃって自殺未遂を繰り返し、周囲をすっかりうんざりさせています。

彼女は現在、総合病院の精神科、解放病棟に入院しています。初めてのことではありません。部屋は四畳ほどの個室で、彼女はここがとても気に入っています。ベッドとチェスト。壁紙は白で、床は茶色のフローリング。縦にすりガラスの入ったクリーム色のドア。ドアノブはシルバーの丸いタイプで、そこにワイシャツを引っ掛けて首吊りを試みたのは11日前のことでした。

あれは私の歴代自殺未遂のなかでももっともしょうもない部類に入るものであった。首にうっすら赤い跡がつき、長期入院中のミカちゃんだけが心配してる風にコメントをくれたが、看護師共はみな総スルーだった。(P11)

彼女がまだ “本気” ではないのを、皆は薄々ながら勘付いています。そして彼女も、自分が本物(の患者)ではなく偽物であるということを、よく承知しています。(何を以て偽物と判断するかはともかくも) それがため、彼女は滅多なことでは本心を晒しません。

私が偽物であることは院内の共通認識となりつつあり、基本的に放っておくスタイルが取られているくさい。食事が心身の健康を表す大切なバロメーターであることは周知の事実だが、私が二、三食抜いたくらいでは誰も真剣に取り合ってくれない。(P15.16)

「死」 をテーマにした話にしてはいやに軽い - と思わせて、実はこの話には “裏” があります。死ぬぞ、死ぬぞと見せかけて、ここら辺りまでは、いわばこれから先に続く話の前振り - 、序盤にしか過ぎません。

彼女がこの日と決めて臨んだ退院の日、”それ” は決行されます。望み通りではなかったものの、彼女は予定通りに “それ” を実行してみせます。あなたには “それ” が何かがわかるでしょうか? 最後になってやっと明かされる、彼女はある事情を抱えています。

[収録作品]
1.ラスト・デイ
2.ロボット・アーム
3.夏の眠り
4.彼女の中の絵
5.虫の眠り
6.サメの話
7.水槽を出たサメ  以上7作品。(太字は私のおススメ)

この本を読んでみてください係数  80/100

◆渡辺 優
1987年宮城県仙台市生まれ。
宮城学院女子大学国際文化学科卒業。

作品 2015年 「ラメルノエリキサ」 で第28回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。他に「地下にうごめく星」

関連記事

『その可能性はすでに考えた』(井上真偽)_書評という名の読書感想文

『その可能性はすでに考えた』井上 真偽 講談社文庫 2018年2月15日第一刷 山村で起きたカルト

記事を読む

『さいはての彼女』(原田マハ)_書評という名の読書感想文

『さいはての彼女』原田 マハ 角川文庫 2013年1月25日初版 25歳で起業した敏腕若手女性

記事を読む

『成功者K』(羽田圭介)_書評という名の読書感想文

『成功者K』羽田 圭介 河出文庫 2022年4月20日初版 『人は誰しも、成功者に

記事を読む

『錆びる心』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『錆びる心』桐野 夏生 文芸春秋 1997年11月20日初版 著者初の短編集。常はえらく長い小

記事を読む

『十七八より』(乗代雄介)_書評という名の読書感想文

『十七八より』乗代 雄介 講談社文庫 2022年1月14日 第1刷発行 注目の芥川賞候補作家

記事を読む

『死刑について』(平野啓一郎)_書評という名の読書感想文

『死刑について』平野 啓一郎 岩波書店 2022年6月16日第1刷発行 死刑を存置

記事を読む

『桜の首飾り』(千早茜)_書評という名の読書感想文

『桜の首飾り』千早 茜 実業之日本社文庫 2015年2月15日初版 あたたかい桜、冷たく微笑む

記事を読む

『残穢』(小野不由美)_書評という名の読書感想文

『残穢』小野 不由美 新潮文庫 2015年8月1日発行 この家は、どこか可怪しい。転居したばかりの

記事を読む

『獅子渡り鼻』(小野正嗣)_書評という名の読書感想文

『獅子渡り鼻』小野 正嗣 講談社文庫 2015年7月15日第一刷 小さな入り江と低い山並みに挟

記事を読む

『ジオラマ』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『ジオラマ』桐野 夏生 新潮エンタテインメント倶楽部 1998年11月20日発行 初めての短

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『オーラの発表会』(綿矢りさ)_書評という名の読書感想文

『オーラの発表会』綿矢 りさ 集英社文庫 2024年6月25日 第1

『彼岸花が咲く島』(李琴峰)_書評という名の読書感想文

『彼岸花が咲く島』李 琴峰 文春文庫 2024年7月10日 第1刷

『半島へ』(稲葉真弓)_書評という名の読書感想文

『半島へ』稲葉 真弓 講談社文芸文庫 2024年9月10日 第1刷発

『赤と青とエスキース』(青山美智子)_書評という名の読書感想文

『赤と青とエスキース』青山 美智子 PHP文芸文庫 2024年9月2

『じい散歩』(藤野千夜)_書評という名の読書感想文

『じい散歩』藤野 千夜 双葉文庫 2024年3月11日 第13刷発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑