『奴隷商人サラサ/生き人形が見た夢』(大石圭)_書評という名の読書感想文

『奴隷商人サラサ/生き人形が見た夢』大石 圭 光文社文庫 2019年2月20日初版

かつて奴隷として買われ、今では奴隷を売買する立場になったサラサ。彼女の頭を離れないのは、自分とともに売られ、行方がわからない妹アリアのことだった。その妹は、上海で、ある男に愛人として飼われていた。彼女の妊娠が発覚したことから、姉妹二人の運命は大きく動き始める。そしてサラサを襲う卑劣な罠とは? 衝撃の展開から目が離せないサスペンス長編! 文庫書き下ろし(光文社文庫)

『女奴隷の烙印』 に続く書き下ろしシリーズの第2弾。前作で苛酷な運命を背負うことになったサラサとアリアの姉妹。二人を陥れた男に復讐を果たし、奴隷の身分から一転、奴隷商人となったサラサは奴隷として売られてしまった妹・アリアを捜すのだが・・・・・・・

性奴隷として売買されていく若き女性たちの悲惨で苛酷な日々と二転三転するストーリー。果たして、サラサとアリアの運命や如何に - 。(シリーズはこの先も続きます)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日没までにはまだ少しの時間がある。けれど、鉛色をした雲が空を覆い尽くしているために、窓の外は早くも夕暮れのように薄暗い。

女は窓辺にいる。椅子の背にもたれ、舞い続ける雪を眺めている。何を考えるわけでもなく、ただぼんやりと眺めている。

いや、何も考えていないわけではない。こうしていても、愛しい人々への思いが次から次へと湧き起こる。けれど、女はそれらの思いをいつも意識的に振り払おうとしている。考えるべきではないのだ。たとえ考えたとしても、彼らに会える日は、たぶん、永久に来ないのだから。

女は長くつややかな黒髪と、透き通るように白い肌の持ち主で、目が大きく、鼻の形がよく、まったくと言っていいほどに欠点のない美しい顔をしている。あまりにも顔立ちが整っているので、命を持たない人形のようにさえ見える。キルティングのガウンに包まれた女の体はとても華奢で、間もなく28歳になろうという今も思春期を迎えたばかりの少女のようでさえある。

あと一時間もしないうちにご主人様がいらっしゃるわ
腕時計に視線を落とした女中が告げた。だから、もうあまり時間はないわよ。それを飲んだら、お風呂に入って、身支度を始めましょうね

彼女は無言で頷くと、自分たちがご主人様 と呼んでいる男の姿を思い浮かべる。
その男はメタルフレームの眼鏡をかけていて、すらりと背が高かった。顔立ちは整っていて、ふだんの振る舞いも言葉遣いも上品だったけれど、いつも少しものうげな様子をしていて、どことなく悲しげで、笑顔を見せることはめったになかった。

ここに来るたびに、彼は 好きだよ、アリア。愛しているよと繰り返す。
それは本心なのだろうと彼女は思う。けれど、彼が本当に愛しているのなら、どうしてわたしはこんなところに閉じ込められているのだろう? どうして、ここから出ることを許されないのだろう?

けれど、それを尋ねてみたことはない。
長江の河口、上海の一等地に聳え立つ超高層マンションの40階の一室で、紅茶を飲みながら雪を眺めている女の名は、藤原アリア。

ご主人様の性的欲求を満たすこと、それが彼女の唯一の仕事である。

※ 藤原アリア:サラサの妹。姉と一緒に19歳の時に誘拐され売られた。儚げな風情をたたえる絶世の美女で記録的な高値がついた。購入者は不明で行方もわからない。

この本を読んでみてください係数 80/100

◆大石 圭
1961年東京都目黒区生まれ。
法政大学文学部卒業。

作品「履き忘れたもう片方の靴」「蜘蛛と蝶」「女が蝶に変るとき」「奴隷契約」「殺意の水音」「甘い鞭」「殺人鬼を飼う女」「地獄行きでもかまわない」他多数

関連記事

『生存者ゼロ』(安生正)_書評という名の読書感想文

『生存者ゼロ』安生 正 宝島社文庫 2014年2月20日第一刷 北海道根室半島沖に浮かぶ石油掘

記事を読む

『愛すること、理解すること、愛されること』(李龍徳)_書評という名の読書感想文

『愛すること、理解すること、愛されること』李 龍徳 河出書房新社 2018年8月30日初版 謎の死

記事を読む

『琥珀のまたたき』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『琥珀のまたたき』小川 洋子 講談社文庫 2018年12月14日第一刷 もう二度と

記事を読む

『マタタビ潔子の猫魂』(朱野帰子)_派遣OL28歳の怒りが爆発するとき

『マタタビ潔子の猫魂』朱野 帰子 角川文庫 2019年12月25日初版 地味で無口

記事を読む

『とにかくうちに帰ります』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『とにかくうちに帰ります』津村 記久子 新潮社 2012年2月25日発行 「家に帰る以上の価

記事を読む

『間宵の母』(歌野晶午)_書評という名の読書感想文

『間宵の母』歌野 晶午 双葉文庫 2022年9月11日第1刷発行 恐怖のあまり笑い

記事を読む

『火のないところに煙は』(芦沢央)_絶対に疑ってはいけない。

『火のないところに煙は』芦沢 央 新潮社 2019年1月25日8刷 「神楽坂を舞台

記事を読む

『東京零年』(赤川次郎)_書評という名の読書感想文

『東京零年』赤川 次郎 集英社文庫 2018年10月25日第一刷 殺されたはずの男が生きていた -

記事を読む

『ハンチバック』(市川沙央)_書評という名の読書感想文

『ハンチバック』市川 沙央 文藝春秋 2023年7月25日第5刷発行 【第169回

記事を読む

『ある一日』(いしいしんじ)_書評という名の読書感想文

『ある一日』いしい しんじ 新潮文庫 2014年8月1日発行 「予定日まで来たというのは、お祝

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『未明の砦』(太田愛)_書評という名の読書感想文

『未明の砦』太田 愛 角川文庫 2026年3月25日 初版発行

『月島慕情』(浅田次郎)_書評という名の読書感想文

『月島慕情』浅田 次郎 講談社文庫 2026年3月13日 第1刷発行

『黒 石 (ヘイシ) 新宿鮫12』(大沢在昌)_書評という名の読書感想文

『黒 石 (ヘイシ) 新宿鮫12』大沢 在昌 光文社文庫 2026年

『母という呪縛 娘という牢獄』(齊藤彩)_書評という名の読書感想文

『母という呪縛 娘という牢獄』齊藤 彩 講談社文庫 2026年3月1

『令和元年の人生ゲーム』(麻布競馬場)_書評という名の読書感想文

『令和元年の人生ゲーム』麻布競馬場 文春文庫 2026年3月10日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑