『日没』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/07 『日没』(桐野夏生), 作家別(か行), 書評(な行), 桐野夏生

『日没』桐野 夏生 岩波書店 2020年9月29日第1刷

ポリコレ、ネット中傷、出版不況、国家の圧力。海崖に聳える収容所を舞台に表現の不自由の近未来を描く、戦慄の警世小説。

あなたの書いたものは、
良い小説ですか、
悪い小説ですか。

小説家・マッツ夢井のもとに届いた一通の手紙。それは 「文化文芸倫理向上委員会」 と名乗る政府組織からの召喚状だった。出頭先に向かった彼女は、断崖に建つ海辺の療養所へと収容される。「社会に適応した小説」 を書けと命ずる所長。終わりの見えない軟禁の悪夢。「更生」 との孤独な闘いの行く末は - 。(岩波書店)

小説家・マッツ夢井に対し、「文化文芸倫理向上委員会」 が求めたことは、彼女の過去の作品をほぼほぼ全否定するものでした。

過激に過ぎるレイプの場面や子供を性の対象にした男の描写を例に挙げ、「あたかもそれらの行為を肯定しているかのようなところが許せない」、そもそも 「先生の作品は下品なんですよ」 と。好き勝手に論い、あげく批判は彼女の性向や嗜好にも及びます。

そのあまりな言い方に、マッツ夢井は激しく憤り、震えるほどの勢いで、こう問い質します。では訊きますが、上品な小説って何ですか? と。

上品な小説 - 即ち 「文化文芸倫理向上委員会」 が求める 「社会に適応した小説」 とは、一体どんな小説のことをいうのでしょう? 

彼女にはまるで理解できません。自分が今、何を言われているのか。何が起きているのか - 。このままで、はたしてここから出て行けるのか。それとも、閉じ込められたままなのか。他に誰が (収容されて) いるのか。味方はいるのか、いないのか・・・・・・・。

隔離され、打ちのめされ、追い詰められて、彼女はやがて 「自分を見失ってしまうのではないか」 という恐怖を、繰り返し、何度も味わうことになります。

どう足掻こうと二度と元には戻れないのではという底なしの恐怖。戻るためには矜持を捨て、彼らの意のままに “転向” するしかないという堪え難い屈辱と絶望感。満足な食事も与えられずに徒に時間だけが過ぎ、どこまで行っても出口は見えません。

*推薦のことば

これはただの不条理文学ではない。
文学論や作家論や大衆社会論を内包した
現代のリアリズム小説である。
国家が正義を振りかざして蹂躙する表現の自由。
その恐ろしさに、読むことを中断するのは絶対に不可能だ。  筒井康隆

息苦しいのに、読み進めずにはいられない。
桐野作品の読後には、いつも鈍い目眩が残ると知っていても--。
自粛によって表現を奪い、相互監視を強める隔離施設。
絶巧の文章が、作中世界と現実とを架橋する。        荻上チキ

個人的な価値観、個人的な言葉、個人的な行動をもとにして作品を創る。
それは自由への具体的な希求であり表現だ。
その基本がいつの間にか奪われ拘束される。

日没 は桐野夏生でさえ越えられない身のすくむ現実がすぐそこにあることを告げる。
                             石内 都

※並みのミステリーよりミステリアス。並みのホラーより何倍も恐ろしい。主人公の置かれた状況を思えば思うほど、体の震えが止まりません。無間地獄に、声も出なくなります。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆桐野 夏生
1951年石川県金沢市生まれ。
成蹊大学法学部卒業。

作品 「OUT」「グロテスク」「錆びる心」「東京島」「IN」「夜また夜の深い夜」「奴隷小説」「バラカ」「猿の見る夢」「夜の谷を行く」「路上のX」「デンジャラス」他多数

関連記事

『落英』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『落英』黒川 博行 幻冬舎 2013年3月20日第一刷 大阪府警薬物対策課の桐尾と上坂は覚醒剤

記事を読む

『悪果』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『悪果』黒川 博行 角川書店 2007年9月30日初版 大阪府警今里署のマル暴担当刑事・堀内は

記事を読む

『なまづま』(堀井拓馬)_書評という名の読書感想文

『なまづま』堀井 拓馬 角川ホラー文庫 2011年10月25日初版 激臭を放つ粘液に覆われた醜悪

記事を読む

『長いお別れ』(中島京子)_書評という名の読書感想文

『長いお別れ』中島 京子 文春文庫 2018年3月10日第一刷 中央公論文芸賞、日本医療小説大賞

記事を読む

『西の魔女が死んだ』(梨木香歩)_書評という名の読書感想文

『西の魔女が死んだ』梨木 香歩 新潮文庫 2001年8月1日初版 中学に進んでまもなく、どうし

記事を読む

『村に火をつけ、白痴になれ/伊藤野枝伝』(栗原康)_書評という名の読書感想文

『村に火をつけ、白痴になれ/伊藤野枝伝』栗原 康 岩波現代文庫 2024年7月16日 第6刷発行 

記事を読む

『小説 8番出口 Exit 8 』(川村元気)_書評という名の読書感想文

『小説 8番出口 Exit 8 』川村 元気 水鈴社 2025年8月8日 第1刷発行 全世

記事を読む

『ナイフ』(重松清)_書評という名の読書感想文

『ナイフ』重松 清 新潮社 1997年11月20日発行 「悪いんだけど、死んでくれない? 」あ

記事を読む

『水声』(川上弘美)_書評という名の読書感想文

『水声』川上 弘美 文春文庫 2017年7月10日第一刷 1996年、わたしと弟の陵はこの家に二人

記事を読む

『タラント』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『タラント』角田 光代 中公文庫 2024年8月25日 初版発行 あきらめた人生のその先へ 

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『曾根崎心中/新装版』(角田光代 原作 近松門左衛門)_書評という名の読書感想文

『曾根崎心中/新装版』角田 光代 原作 近松門左衛門 リトルモア 2

『枯木灘』(中上健次)_書評という名の読書感想文

『枯木灘』中上 健次 河出文庫 2019年10月30日 新装新版3刷

『僕の女を探しているんだ』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『僕の女を探しているんだ』井上 荒野 新潮文庫 2026年1月1日

『この本を盗む者は』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『この本を盗む者は』深緑 野分 角川文庫 2025年11月5日 8版

『いつも彼らはどこかに』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『いつも彼らはどこかに』小川 洋子 新潮文庫 2025年11月25日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑