『プラスチックの祈り 上』(白石一文)_書評という名の読書感想文
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『プラスチックの祈り 上』(白石一文), 作家別(さ行), 書評(は行), 白石一文
『プラスチックの祈り 上』白石 一文 朝日文庫 2022年2月28日第1刷
「これは一体何なんだ」 鬼才があなたの日常と常識を揺さぶる大長編、開幕!
妻の 「死」 以来、作家・姫野伸昌の身辺で頻発する奇妙な出来事。そしてついに、姫野の肉体が次々とプラスチック化し、脱落を繰り返すようになる。いったい何故? 姫野は過去の記憶を求めて壮大な旅に出る。直木賞作家が読者を挑発する最新型、哲学ミステリー。(朝日文庫)
ある日突然、身体の一部が透きとおった 「何か」 に置き換わってしまう。最初はかかとの一部、次に肘の先端。プラスチックのかたまりのように見える 「何か」 があちこちにできるということは、やがて身体がまるごと透明になってしまうということだろうか。しかし、その物質は数日でぽろりと身体から離れ、ふたたび透きとおったかと思えば新しい皮膚ができることもあり、まるでつかみどころがない。
『プラスチックの祈り』 の主人公、姫野に起きたのはそのような奇妙な現象だった。前触れはあった。三年ほど前、新幹線に乗った時、トイレから戻ってみるとシートの柄が変わっていた。その直前に訃報を受けた作家仲間の葬儀に駆けつけると、火葬中に夫人の携帯電話に死者からの着信が入った。そして決定的だったのは、ガスの検針票に書かれた検針員の名前が、数年前に亡くなった妻の結婚前の氏名だったということだ。しかし調べてみるとそんな名前の人物はガス会社にいなかった。(解説より)
(上巻の) ちょうど真ん中あたり。肉体の一部のプラスチック化が始まり、それが治まるとまた違う一部がプラスチック化し、やがて元通りに - を繰り返し、相応に時間が経過した後のことです。
連休最後の日にふたたびプラスチック化が舞い戻ってきた。
鳴りを潜めているあいだも決して楽観などしていなかったが、それにしても今回はプラスチック化した部位はいまだかつてない場所であり、かねて恐れていた箇所でもあった。早朝、ベッドから降りて小用を足しにトイレに入った。パジャマがわりのジャージを下ろし、便器にペニスを向けたとき微かな違和感があった。寝ぼけ眼で先っぽに視線を落としながら排尿した。見た目には気づかなかった。すっかり出し終えてトイレットペーパーで先端を拭ったとき違和感の正体に気づいたのだ。
亀頭の右下が明らかに肥厚していた。急いでトイレを出て、手も洗わずに明かりの灯った寝室に戻る。下半身をむき出しにしてベッドの縁に座り、ペニスをつまんで問題の箇所を点検した。
間違いなかった。
亀頭の右三分の一ほどがプラスチック化していたのだった。
唇や鼻、頬や耳がプラスチック化することを危惧してきたが、同じように性器がそうなることもずっと恐れてきた。ペニスがプラスチック化し、万が一全部がもがれでもしてしまえば、排尿に著しい支障をきたすのは明らかだ。だが問題はそれだけにとどまらない。
男性にとってペニスを失ってしまうほどの恐怖は他にない。自分の身にそういう事態が起きると想像するだけで身の毛がよだつ気がしていた。その危惧がいよいよ現実になろうとしているのだ。
このままペニス全体にプラスチック化が進行し、やがてペニスが取れてしまったとしたら。そして、もしも消えてしまったペニスがこれまでのように復元されなかったとしたら・・・・・・・。
それは耐え難い恐怖と言っていい。(P220.221)
プラスチック化する身体、記憶と食い違う数々の現実 - いったい何故そんなことが起こるのか? その意味は?
上巻を読む限り、その問いは何一つ解決しません。それを姫野は誰にも打ち明けず、密かに解き明かそうとしています。身体に生じた異変のことを、ひたすら隠し通しています。おぼろげにではありますが、それが姫野の (年齢を含む) 現在の状況と、彼が過ごした 〈過去の時間と記憶〉 に深く起因しているような気がします。(下巻へ続く)
『プラスチックの祈り 下』
いよいよ物語は現実を侵犯する。そして圧倒的な結末へ。
迷宮を彷徨うような展開に、あなたはついて来られるだろうか?
作家・姫野伸昌の記憶は改竄されているのだろうか?
ことごとく客観的な証言と姫野の記憶は食い違う。
そもそも愛妻は何故亡くなってしまったのか。「事実」 はどこにあるのか。(朝日文庫)
この本を読んでみてください係数 85/100
◆白石 一文
1958年福岡県福岡市生まれ。
早稲田大学政治経済学部卒業。
作品 「一瞬の光」「すぐそばの彼方」「僕のなかの壊れていない部分」「心に龍をちりばめて」「ほかならぬ人へ」「翼」「火口のふたり」「一億円のさようなら」「草にすわる」他多数
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