『とらすの子』(芦花公園)_書評という名の読書感想文
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『とらすの子』(芦花公園), 作家別(わ行), 書評(た行), 芦花公園
『とらすの子』芦花 公園 東京創元社 2022年7月29日初版
ホラー界の新星が描く、美しい異常
嫌なやつは、みんな 「マレ様」 が殺してくれる。 安息を求める人々が集う 「とらすの会」。皆の輪の中心で微笑む美しい 「マレ様」 に殺したい人間の名を告げると、必ず凄惨な死を遂げる。「とらすの会」 の人は皆優しくて、居心地が良かったんです。中でもマレ様なんて嘘みたいに綺麗で、悩みを聞いてぎゅって抱きしめてくれました。でも “会議” では、誰かが 「許せない人」 への恨みをマレ様に訴えて、周りの人たちも口々に煽って・・・・・・・翌日、その 「許せない人」 は死体で見つかるんです。それが怖くて行かなくなったら、裏切者って責められて・・・・・・・。時間がないです、私、殺されます -
錯乱状態に陥った少女は、オカルト雑誌のライター・美羽の眼前で突然、爆発するように血肉を散らして死んだ。スクープを狙った美羽は 「とらすの会」 を訪ねるが、マレ様に出会ったことで、想像を絶する奈落へと突き落とされる - (東京創元社)
[主たる登場人物と目次]
坂本美羽① 坂本美羽は都内でライターをしている。
不幸な女性だ。
川島希彦① 川島希彦は中学二年生だ。
坂本美羽② 坂本美羽は不幸な女性ではない。
川島希彦② 川島希彦は中学二年生だ。
白石 瞳① 白石瞳は女性警察官だ。
正しい女性だ。
川島希彦③ 川島希彦は■■■■だ。
白石 瞳② 白石瞳は女性警察官だ。
白石瞳は真実が知りたい。
白石 瞳③ 白石瞳はもう警察官ではない。
[希彦の父のある日の日記]
十二月二日
捕鯨問題のニュースがテレビで流れている。
多くの有名芸能人たちが参加していて、しきりに捕鯨中止を訴えている。
メディアも概ね賛同していて、日本の食鯨文化を野蛮であると非難している。
*
私がチャンネルを変えようとすると耳元でくすりと笑い声がした。
妻かと思ったが、希彦だった。
何が面白いのか、と尋ねると、牛などを平気で食べる割に、鯨をさも人のように扱っている者たちが面白いのだと言う。私としては賛成する部分の多い意見だったが、このような年齢のうちから、嘲る、という感情を露にする希彦に驚き、多少の不快感を覚えた (エゴではあるが、子供には天真爛漫でいてほしいものなのだ)。
「アニマルに心なんてないのにね」
画面を見てくすくすと笑いながら希彦が言うので、
「そんなことはないんじゃないかな」 と言ってみる。「チンパンジーなどは群れを作り、社会性がある。恋もすれば、仲間の死を悼むこともある。犬も夢を見たりするらしい。心がないとはお父さんは思わないけど」
希彦はテレビから目を離し、私をまっすぐに見つめて、「アニマルが宗教を作れたら人と同じに扱ってもいいかもしれない」
と言った。
そしてまた、テレビを見て、くすくすと笑うのだった。恐怖だ。
私は何も言い返せなかった。
言い返す、とも違う。納得させられていた。
希彦の言うことは、とても正しい。
だからこそ、恐怖だった。(白石 瞳① より)
※希彦の中では何かが変わり、あるいは突出し、別の何かに取って代わろうとしています。彼はもはや普通の中学生ではありません。いつの頃からか、それは父も母もわかっていたはずでした。わが子可愛さに、気付かぬふりをしていただけのことでした。それがやがて、あり得ない事態を招くことになります。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆芦花 公園
東京都生まれ。
作品 Web小説サイト 「カクヨム」 で公開していた 「ほねがらみ - 某所怪談レポート -」 が注目を集める。同作が編集者の目に留まり、2021年4月に幻冬舎から刊行された 「ほねがらみ」 で書籍デビュー。同年5月に刊行された 「異端の祝祭」 (角川ホラー文庫) も話題を呼ぶ。近著に 「漆黒の慕情」 (角川ホラー文庫) がある。
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