『青春とは、』(姫野カオルコ)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/06 『青春とは、』(姫野カオルコ), 作家別(は行), 姫野カオルコ, 書評(さ行)

『青春とは、』姫野 カオルコ 文春文庫 2023年5月10日第1刷

目の前に蘇る、あの頃 - きわめてフツウな高校時代がなぜこんなに面白い!? 大人だからわかる青春小説
定年退職しシェアハウスに越してきた独身の乾明子。借りたままの本や名簿から、映画を見ているかのように地方の共学の公立高時代が蘇る。胸キュンもスマホもなく地味なだけ。でもなぜあんなにオカシかったのだろう。これまでの青春小説がとりこぼしてきた部分を掬った、すべての大人に贈る青春小説。(文春文庫)

部室が近いという理由だけで会話を交わすようになった二人は、同じ高校に通う先輩と後輩で、特に何があるわけではありません。ありふれた日常の、二人はよくある関係でした。滋賀の田舎の共学の、(県内では有数の進学率を誇る) とある公立高校でのことでした。

私は乾明子 (いぬい・めいこ) という。イヌイを犬井と書く男子が高校の時にいた。

おい、
三学期のはじめ。
滋賀県立虎水高校正門へつづく小径。
サッカー部が練習をするのが小径を隔てたグラウンドに見える講堂から出て、伊吹の枝の下をくぐろうとした私の背後から、犬井くんが叫ぶ声が聞こえた。苗字ではなく名前を。

あんな、めいこ
ほとんどの人が私の明子という名前をあきこと読むのに、学年が違うにもかかわらず彼がめいこと認識してくれているのは、部室が近いからである。

・・・・・・・なに?
地味な部活の地味な私はふりかえった。たぶん、どちらかといえばよくないことを犬井くんは言ってくるのだろう。カンが働いた。

こっち来い
てのひらを下にして手首を動かす。
行かなかった。身体の向きだけ柔道部の部室の窓のほうへ向けた。

自分、クラコにせえ
クラコという音が、漢字で書けば暗子であることは、すぐにわかった。明子ではなく暗子にしろと言っている。同じことを中学校のときも言われた。三人の体育の先生から八回。

自分、暗子のほうが似合とるわ。今日から暗子て呼んだるわ
明るい子ではなく、暗い子だという総合評なら、保育園のころから今日まで四十回くらい言われた。

そらどうも
私は犬井くんに返した。

そんでな、暗子
さっそく暗子になった。

頼み?
うんとなあ・・・・・・・
犬井くんは、えーとなあ・・・・・・・、えーと・・・・・・・と、言いよどむ。さっそくな言動が常の彼が言いよどんでいるのは、きっとよくない頼みだ。

痩せえや
やはりよくない頼みだった。(本文より/抜粋して掲載)

話のはじまりの、すでにここだけでも面白い。しかし、物語は面白いだけでは終わりません。微に入り細を穿つ著者の文章は、遙か遠くに過ぎ去った “青春の日々” を今見てきたかのように克明に、リアルに “復元” してみせてくれます。その時見た景色、味わった空気感、その意味を - 今更ながらに思い返すことでしょう。

※解説より
姫野カオルコは鋭敏な作家である。『青春とは、』 の文章のリズムはゆっくりとなめらかで表現はやわらかく、するすると読めるが、その底流にはささいなことをも見逃さない視線がある。恐るべき傑作 『彼女は頭が悪いから』 でも、淡々とした語り口の中に狙った獲物を逃がさないスナイパーのような眼光鋭い観察眼があり、読者の肺腑をえぐった。

『青春とは、』 は吹き出してしまうようなユーモラスな描写をたびたび交えながら、やはり当時の (そしていまも?) 男尊女卑文化に対する異物感を、さりげなく、しかし、青い炎のごとき静かな炎で燃やしている。

『青春とは、』 は、私のように青春から遠く離れた人にとって、青春とはなんだったのか、どんな価値観が支配的だったかを考えるきっかけになる。いま青春の渦中にいる人は、自分のことからいったん離れて、親の世代、ひょっとすると祖父母の世代の青春を客観的に見ることで、ほっと息をつけると思う。現実の青春に向き合うのは楽しいことばかりではないから。

むしろ辛く苦しいことの方が多かった - そんな青春時代を過ごしたあなたにこそ読んでほしいと思う一冊です。思い出してみてください。かつて涙したことも、今ならうまく笑い飛ばせるかもしれません。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆姫野 カオルコ
1958年滋賀県甲賀市生まれ。
青山学院大学文学部日本文学科卒業。

作品 「受難」「整形美女」「ツ、イ、ラ、ク」「ひと呼んでミツコ」「昭和の犬」「純喫茶」「部長と池袋」「彼女は頭が悪いから」「悪口と幸せ」他多数

関連記事

『でっちあげ/福岡 「殺人教師」 事件の真相 』(福田ますみ)_書評という名の読書感想文

『でっちあげ/福岡 「殺人教師」 事件の真相 』福田 ますみ 新潮文庫 2017年11月10日 1

記事を読む

『たゆたえども沈まず』(原田マハ)_書評という名の読書感想文

『たゆたえども沈まず』原田 マハ 幻冬舎文庫 2024年2月10日 16版発行 天才画家ゴッ

記事を読む

『切願 自選ミステリー短編集』(長岡弘樹)_書評という名の読書感想文

『切願 自選ミステリー短編集』長岡 弘樹 双葉文庫 2023年3月18日第1刷発行

記事を読む

『夢を売る男』(百田尚樹)_書評という名の読書感想文

『夢を売る男』百田 尚樹 幻冬舎文庫 2015年5月1日初版 『永遠の0 (ゼロ)

記事を読む

『続・ヒーローズ(株)!!! 』(北川恵海)_書評という名の読書感想文

『続・ヒーローズ(株)!!! 』北川 恵海 メディアワークス文庫 2017年4月25日初版 『 ヒ

記事を読む

『死体でも愛してる』(大石圭)_書評という名の読書感想文

『死体でも愛してる』大石 圭 角川ホラー文庫 2020年8月25日初版 台所に立っ

記事を読む

『執着者』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『執着者』櫛木 理宇 創元推理文庫 2024年1月12日 初版  すべての油断が地獄の始まり

記事を読む

『スイート・マイホーム』(神津凛子)_書評という名の読書感想文

『スイート・マイホーム』神津 凛子 講談社文庫 2021年6月15日第1刷 隙間風

記事を読む

『じっと手を見る』(窪美澄)_自分の弱さ。人生の苦さ。

『じっと手を見る』窪 美澄 幻冬舎文庫 2020年4月10日初版 物語の舞台は、富

記事を読む

『69 sixty nine』(村上龍)_書評という名の読書感想文

『69 sixty nine』村上 龍 集英社 1987年8月10日第一刷 1969年、村上

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『羆嵐』(吉村昭)_書評という名の読書感想文

『羆嵐』吉村 昭 新潮文庫 2026年12月20日 62刷発行

『妊娠カレンダー』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『妊娠カレンダー』小川 洋子 文春文庫 2020年12月20日 第2

『カフェーの帰り道』(嶋津輝)_書評という名の読書感想文

『カフェーの帰り道』嶋津 輝 東京創元社 2026年1月23日 4版

『きっと君は泣く』(山本文緒)_書評という名の読書感想文

『きっと君は泣く』山本 文緒 角川文庫 2026年1月25日 改版初

『彼女たちが隠したかったこと』(一木けい)_書評という名の読書感想文

『彼女たちが隠したかったこと』一木 けい 角川文庫 2026年1月2

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑