『湖の女たち』(吉田修一)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/05 『湖の女たち』(吉田修一), 作家別(や行), 吉田修一, 書評(ま行)

『湖の女たち』吉田 修一 新潮文庫 2023年8月1日発行

悪人』 『怒りを超える愛の衝撃! 吉田修一史上最悪の罪と対峙せよ。

寝たきりの老人を殺したのは誰か? 吸い寄せられるように湖畔に集まる刑事、被疑者の女、週刊誌記者・・・・・・・。著者の新たな代表作。

湖畔の老人介護施設 「もみじ園」 で、寝たきりの男性が人工呼吸器を外されて殺された。捜査にあたった刑事は施設で働く女性と出会うが、極限状態の取り調べの中で、二人はいつしかインモラルな関係に溺れていく。もっと最低なことをして、もっと汚してほしい・・・。一方、事件を取材する週刊誌記者は、死亡した男性がかつて旧満州ハルビンで人体実験にかかわっていたことを突きとめる。やがて警察の腐敗も浮かび上がるが、編集幹部からは突然、取材の中止を命じられるのだった。一体誰が意識もまばらな寝たきりの老人を、あざ笑うかのように死なせたのか? 吸い寄せられるように湖に集まる男たち、女たち、そして--。圧倒的な自然が悪も善も美もすべて吞み込んでいく結末に、読後あなたは言葉を失う! 悪と欲望を描き尽くした極限の黙示録。解説・諏訪敦 (新潮文庫)

滋賀県人は県の北東部一帯を湖北と呼びます。福井県や岐阜県と隣接し、冬はたいそう雪が降ります。平地は少なく、家は琵琶湖沿いか山裾一帯に集中しています。有名な観光地といえば彦根城か伊吹山くらいの、地味で質素なイメージの湖北地方が舞台であるらしい。

何かの折に、この小説の舞台が琵琶湖畔であることを知りました。そこにある老人介護施設で、100歳の寝たきり老人が殺された。一体誰が、何のために? - というのが事の起こりで、それに絡んで、諸々展開される人間模様にえらくショックを受けました。はじめ、それは受け入れ難い衝撃でした。

地元ジュンク堂書店滋賀草津店の山中真理さんは - 覚悟して読んでほしい。すごいめにあうから。- と。解説の諏訪敦氏もまた同様で、

それにしても、著者が主人公である刑事・濱中圭介を、ここまで擁護しにくい人物として描いたのはなにゆえだったのか。圭介は苛烈な尋問を被疑者に施す抑圧者である一方で、妻の妊娠を見守り、誕生したばかりの娘を愛しむ善き夫としての貌があったことも忘れてはならない。そして同時に、圭介はもう一人の容疑者であった豊田佳代をインモラルな関係に引き込み、共依存の関係を深めていく。

近年、社会的な妥当性の議論が沸騰し、正義が暴走する様をしばしば目にするが、この世相にあって圭介と佳代がもしも晒されたなら、遠慮なく叩いても良い対象として世間は認定し、執拗に謝罪を求めるだろう。

しかし、犯罪とまで言えない咎で他人を吊るし上げるのも結構だが、インモラルな行為に埋没できる者たちだからこそ手にできる生の充実だってあるはずだ。二人から放たれる生命のつややかさはどうだ。そして佳代の幻視を描写する、著者の生き生きとした書きっぷりは。性愛に没頭する姿というものは、本来的に他者から見れば浅ましく滑稽なものだ。しかし自滅的で愚かであるからこそ底光りする生だって在り得るし、唾棄されようと少なくともそこには世間への忖度や、偽善の薄汚さはない。(解説より)

※『悪人』 や 『怒り』 を読んだ人ならわかります。では、それをも超える史上 「最悪の罪」 とは、いったい何なのか? 読んだあなたは、逃げずにそれを受けとめられるでしょうか。

映画化決定】 2024年初夏 全国公開 主演 福士蒼汰、松本まりか 監督 さよなら渓谷以来のタッグとなる大森立嗣監督!

この本を読んでみてください係数  85/100

◆吉田 修一
1968年長崎県長崎市生まれ。
法政大学経営学部卒業。

作品 「最後の息子」「熱帯魚」「パレード」「パーク・ライフ」「悪人」「横道世之介」「平成猿蟹合戦図」「愛に乱暴」「怒り上・下」「犯罪小説集」他多数

関連記事

『安岡章太郎 戦争小説集成』(安岡章太郎)_書評という名の読書感想文

『安岡章太郎 戦争小説集成』安岡 章太郎 中公文庫 2018年6月25日初版 満州北部の孫呉に応召

記事を読む

『つむじ風食堂の夜』(吉田篤弘)_書評という名の読書感想文

『つむじ風食堂の夜』吉田 篤弘 ちくま文庫 2005年11月10日第一刷 懐かしい町「月舟町」の十

記事を読む

『けむたい後輩』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『けむたい後輩』柚木 麻子 幻冬舎文庫 2014年12月5日初版 14歳で作家デビューした過去

記事を読む

『物語が、始まる』(川上弘美)_書評という名の読書感想文

『物語が、始まる』川上 弘美 中公文庫 2012年4月20日9刷 いつもの暮らしの

記事を読む

『プラナリア』(山本文緒)_書評という名の読書感想文

『プラナリア』山本 文緒 文春文庫 2020年5月25日第10刷 どうして私はこん

記事を読む

『丸の内魔法少女ミラクリーナ』(村田沙耶香)_書評という名の読書感想文

『丸の内魔法少女ミラクリーナ』村田 沙耶香 角川文庫 2023年2月25日初版発行

記事を読む

『村上春樹は、むずかしい』(加藤典洋)_書評という名の読書感想文

『村上春樹は、むずかしい』加藤 典洋 岩波新書 2015年12月18日第一刷 久方ぶりに岩波

記事を読む

『ヤイトスエッド』(吉村萬壱)_書評という名の読書感想文

『ヤイトスエッド』吉村 萬壱 徳間文庫 2018年5月15日初刷 近所に憧れの老作家・坂下宙ぅ吉が

記事を読む

『身の上話』(佐藤正午)_書評という名の読書感想文

『身の上話』佐藤 正午 光文社文庫 2011年11月10日初版 あなたに知っておいてほしいのは、人

記事を読む

『王とサーカス』(米澤穂信)_書評という名の読書感想文

『王とサーカス』米澤 穂信 創元推理文庫 2018年8月31日初版 2001年、新聞社を辞めたばか

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発

『燕は戻ってこない』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『燕は戻ってこない』桐野 夏生 集英社文庫 2024年3月25日 第

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑