『白い夏の墓標』(帚木蓬生)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/05 『白い夏の墓標』(帚木蓬生), 作家別(は行), 帚木蓬生, 書評(さ行)

『白い夏の墓標』帚木 蓬生 新潮文庫 2023年7月10日25刷 (昭和58年1月25日発行)

直木賞候補作 東大仏文、九大医学部卒で精神科医、最強の頭脳を持つ32歳の俊英が描いた最高スケールのエンタメノベル!

パリで開かれた肝炎ウィルス国際会議に出席した佐伯教授は、アメリカ陸軍微生物研究所のベルナールと名乗る見知らぬ老紳士の訪問を受けた。かつて仙台で机を並べ、その後アメリカ留学中に事故死した親友黒田が、実はフランスで自殺したことを告げられたのだ。細菌学者の死の謎は、真夏のパリから残雪のピレネーへ、そして二十数年前の仙台へと遡る。医学と人間の闇を問い続ける著者の原点。(新潮文庫)

今から40年前に出版された作品。「帚木蓬生」 という名前だけは知っていました。(「帚木」 を 「ははきぎ」 と読むとは知りませんでしたが) その日は特に読みたい本がなかったので、“中継ぎ“ のつもりで買ったのですが、それがよかった。 予想をはるかに超えた傑作でした。

細菌やウィルスについての専門的な知見に関する叙述のほとんどは、正直よくはわかりません。手に負えないと思うところは無理をせず、 “それなりに“ 大枠を掴むようにして読めばよいと思います。肝心なのは、そこではありません。それにとりつかれ、それを扱う、人にこそあります。

主人公は、仙台型肺炎ウィルス、いわゆる “センダイ・ヴァイラス“ の研究で、米軍にその能力を買われた若き細菌学徒、黒田武彦である。彼は米軍に請われてアメリカに留学するのだが、その地でいったい何を研究していたのか? その結果いかなる運命にまきこまれたのか? 彼の死をめぐる真相とは?

興味津津たるそれらの謎を、作者は佐伯の目を通して一枚、また一枚とはぎとってゆく。その手つきはきわめて洗練されている。場面転換に緻密な計算がゆき届いているのだ。パリにおける佐伯とベルナール老人とのミステリアスな邂逅、佐伯と黒田の学生時代へのフラッシュバック、次いで舞台はまた現代にもどり、佐伯のウスト行きののちに、こんどは一転して黒田の手記という形で、謎の核心が語られてゆく。歯切れよいテンポを備えた、緊密な構成と言ってよかろう。

見所は、やはり第四章に登場する黒田の手記ではあるまいか。そこでわれわれは、ウィルスに憑かれた一人の男の秘められた生いたちを知ることになる。“ウィルスは人間よりもきれいだ“ と言い切るまでに至った男の苦闘をかいまみることになる。そこで暴露される細菌兵器開発の実態は、人類に背をむけた “逆立ちした科学“ の不条理を明瞭に物語っていよう。現代科学の暗い狭間に身を置いた黒田は、日夜煩悶する。(解説より)

※命と引き換えに結局黒田は、誰と闘ったのでしょう。闘い、得たものは、彼が本当に望んだものだったのでしょうか。類い稀なる才能の持ち主でありながら、その研究において、彼は生涯日の目を見ることはありません。黒田がわずかばかりに得た僥倖は、短い間仙台で共に学んだ佐伯とアンドールの病院の看護婦だったジゼル・ヴィヴの、(唯一無二の) 二人と出会えたことでした。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆帚木 蓬生
1947(昭和22)年福岡県生まれ。
東京大学仏文科卒業後、TBSに勤務。2年で退職し、九州大学医学部に学ぶ。精神科医。

作品 「三たびの海峡」「閉鎖病棟」「逃亡」「水神」「ソルハ」「蠅の帝国」「蛍の航跡」「日御子」「守教」他多数

関連記事

『シンドローム』(佐藤哲也)_書評という名の読書感想文

『シンドローム』佐藤 哲也 キノブックス文庫 2019年4月9日初版 「これは宇宙

記事を読む

『続・ヒーローズ(株)!!! 』(北川恵海)_書評という名の読書感想文

『続・ヒーローズ(株)!!! 』北川 恵海 メディアワークス文庫 2017年4月25日初版 『 ヒ

記事を読む

『侵蝕 壊される家族の記録』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『侵蝕 壊される家族の記録』櫛木 理宇 角川ホラー文庫 2016年6月25日初版 ねえ。 このう

記事を読む

『青春ぱんだバンド』(瀧上耕)_書評という名の読書感想文

『青春ぱんだバンド』瀧上 耕 小学館文庫 2016年5月12日初版 鼻の奥がツンとする爽快青春小説

記事を読む

『プリズム』(百田尚樹)_書評という名の読書感想文

『プリズム』百田 尚樹 幻冬舎文庫 2014年4月25日初版 ある資産家の家に家庭

記事を読む

『砂に埋もれる犬』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『砂に埋もれる犬』桐野 夏生 朝日新聞出版 2021年10月30日第1刷 ジャンル

記事を読む

『死刑にいたる病』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『死刑にいたる病』櫛木 理宇 早川書房 2017年10月25日発行 主人公の筧井雅也は、元優等生

記事を読む

『透明な迷宮』(平野啓一郎)_書評という名の読書感想文

『透明な迷宮』平野 啓一郎 新潮文庫 2017年1月1日発行 深夜のブタペストで監禁された初対面の

記事を読む

『黒冷水』(羽田圭介)_書評という名の読書感想文

『黒冷水』羽田 圭介 河出文庫 2005年11月20日初版 兄の部屋を偏執的にアサる弟と、罠(

記事を読む

『芝公園六角堂跡/狂える藤澤清造の残影』(西村賢太)_書評という名の読書感想文

『芝公園六角堂跡/狂える藤澤清造の残影』西村 賢太 文春文庫 2020年12月10日第1刷

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『タラント』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『タラント』角田 光代 中公文庫 2024年8月25日 初版発行

『ひきなみ』(千早茜)_書評という名の読書感想文

『ひきなみ』千早 茜 角川文庫 2024年7月25日 初版発行

『滅私』(羽田圭介)_書評という名の読書感想文

『滅私』羽田 圭介 新潮文庫 2024年8月1日 発行 「楽っ

『あめりかむら』(石田千)_書評という名の読書感想文

『あめりかむら』石田 千 新潮文庫 2024年8月1日 発行

『インドラネット』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『インドラネット』桐野 夏生 角川文庫 2024年7月25日 初版発

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑