『三度目の恋』(川上弘美)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/05 『三度目の恋』(川上弘美), 作家別(か行), 川上弘美, 書評(さ行)

『三度目の恋』川上 弘美 中公文庫 2023年9月25日 初版発行

そんなにも、彼が好きなの? それなら、きみも魔法をおぼえることができるよ 平安、江戸吉原、現代 -伊勢物語をモチーフに紡がれる千年の恋の物語

結婚したのは、唯一無二のはずだったひと。高丘さんに教えてもらった 「魔法」 で、むかしむかしの世に旅に出るようになるまでは。あるときは江戸吉原の遊女、さらには平安の世の女房として、梨子はさまざまな愛を知り・・・・・・・。『伊勢物語』 をモチーフに、夢とうつつ、むかしと今のあわいをたゆたい、恋愛の深淵をのぞく傑作長編。〈解説〉 千早 茜 (中公文庫)

川上弘美の長編 『三度目の恋』 を読みました。『伊勢物語』 と聞くと、(読むのに) ちょっと躊躇するかもしれません。 でも大丈夫。何も心配は要りません。ただ、もしかすると - 読むとあなたがこれまで信じてきた恋愛観や生き方に思いが至り、自分のしてきたことが本当に自分の望みだったのか、問い直すことになるかもしれません。

古典を訳していると、ときどき足元がゆがむような心地になった。もし現代に生まれていなかったら私は私でいられただろうか。男らしいとか女らしいとか、平等という概念さえ、時代によってすりこまれたものではないか。恋とか愛という想いも、誰かによってすりこまれた物語をなぞっているだけかもしれない。自分のほんとうの願いなど存在するのだろうか。古典を読むということは不確かさに触れることだった。

本書は 『伊勢物語』 をモチーフにしているが、主人公は現代に生きる梨子という女性だ。梨子は 「ナーちゃん」 こと原田生矢に幼いころから恋している。その恋の中で、梨子は高丘さんに出会い、夢の中で、江戸時代の遊女になり、平安時代の女房になる。おのおのの時代で梨子は、梨子であって梨子ではない女として生きて、梨子の想い人ではない男にからだを許したり恋をしたりする。(千早茜/解説より)

さあ、

あなたも梨子になって - ときに江戸吉原の遊女・春月に、ときに在原業平が愛する姫の女房になって、時代と共に移り行く男女関係について、その交情のあり方についてを学んでください。千年を旅し、あなたが理想とする今のそれとを比較してみてください。思うところが、きっとあるはずです。

本書は 『伊勢物語』 の謎に近づきながらも決めつけることはない。通子さんも春月も姫さんもどこか謎めいた印象が残る。自分の恋心を自分でもわからぬままに抱えている。主人公の梨子でさえもそうだ。彼女たちはなまものだ。そして、私自身もわからぬものを抱えたまま生きている。千年も前から男と女の物語はあって、ここまで無数に書かれてきても、まだ男と女のことはわからない。気が遠くなるような、頼もしいような心地になる。(同解説)

※通子さんは、梨子の夫・ナーちゃんを好きだと言って憚らない、梨子のお琴の先生です。但し、体の関係はありません。それをいうなら、むしろ梨子と高丘さんの関係にこそ危ういものを感じます。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆川上 弘美
1958年東京都生まれ。
お茶の水女子大学理学部卒業。

作品 「神様」「溺レる」「蛇を踏む」「真鶴」「ざらざら」「センセイの鞄」「天頂より少し下って」「水声」「どこから行っても遠い町」「大きな鳥にさらわれないよう」他多数

関連記事

『絶叫委員会』(穂村弘)_書評という名の読書感想文

『絶叫委員会』穂村 弘 ちくま文庫 2013年6月10日第一刷 「名言集・1 」 「俺、砂糖入れ

記事を読む

『やめるときも、すこやかなるときも』(窪美澄)_書評という名の読書感想文

『やめるときも、すこやかなるときも』窪 美澄 集英社文庫 2019年11月25日第1刷

記事を読む

『アンソーシャル ディスタンス』(金原ひとみ)_書評という名の読書感想文

『アンソーシャル ディスタンス』金原 ひとみ 新潮文庫 2024年2月1日 発行 すぐに全編

記事を読む

『錆びる心』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『錆びる心』桐野 夏生 文芸春秋 1997年11月20日初版 著者初の短編集。常はえらく長い小

記事を読む

『自覚/隠蔽捜査5.5』(今野敏)_書評という名の読書感想文

『自覚/隠蔽捜査5.5』今野 敏 新潮文庫 2017年5月1日発行 以前ほどではないにせよ、時々

記事を読む

『アニーの冷たい朝』(黒川博行)_黒川最初期の作品。猟奇を味わう。

『アニーの冷たい朝』黒川 博行 角川文庫 2020年4月25日初版 大阪府豊中市で

記事を読む

『愛の夢とか』(川上未映子)_書評という名の読書感想文

『愛の夢とか』川上 未映子 講談社文庫 2016年4月15日第一刷 あのとき、ふたりが世界のす

記事を読む

『JR上野駅公園口』(柳美里)_書評という名の読書感想文

『JR上野駅公園口』柳 美里 河出文庫 2017年2月20日初版 1933年、私は

記事を読む

『夏物語』(川上未映子)_書評という名の読書感想文

『夏物語』川上 未映子 文春文庫 2021年8月10日第1刷 世界が絶賛する最高傑

記事を読む

『殺人依存症』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『殺人依存症』櫛木 理宇 幻冬舎文庫 2020年10月10日初版 息子を六年前に亡

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『エンド・オブ・ライフ』(佐々涼子)_書評という名の読書感想文

『エンド・オブ・ライフ』佐々 涼子 集英社文庫 2024年4月25日

『アトムの心臓 「ディア・ファミリー」 23年間の記録』(清武英利)_書評という名の読書感想文

『アトムの心臓 「ディア・ファミリー」 23年間の記録』清武 英利 

『メイド・イン京都』(藤岡陽子)_書評という名の読書感想文

『メイド・イン京都』藤岡 陽子 朝日文庫 2024年4月30日 第1

『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『あいにくあんたのためじゃない』柚木 麻子 新潮社 2024年3月2

『執着者』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『執着者』櫛木 理宇 創元推理文庫 2024年1月12日 初版 

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑