『自覚/隠蔽捜査5.5』(今野敏)_書評という名の読書感想文
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『自覚/隠蔽捜査5.5』(今野敏), 今野敏, 作家別(か行), 書評(さ行)
『自覚/隠蔽捜査5.5』今野 敏 新潮文庫 2017年5月1日発行
以前ほどではないにせよ、時々、私はこの手の本が無性に読みたくなります。
今野敏の代表作『隠蔽捜査』シリーズの、『初陣』に続く二冊目の番外編。信念のキャリア・竜崎伸也 - 人気の理由はひとえにこの人物のキャラクターに依るらしい - を囲む7人の警察官(その多くは部下の面々)の視点で描く最強のスピンオフ短編集、であるらしい。
これまでは竜崎の視点のみで語られてきた彼らが、それぞれ何を感じ、どう変わってきたかが描かれており、ファンにはたまらないボーナストラック - と(解説に)あります。
シリーズ累計が200万部を突破し大層人気のようですが、実は私はよく知りません。『蓬萊』という作品をたまたま読んでちょっと面白いと感じ、先日、新聞にかなり大きくこの小説の宣伝が載っているのを発見し、ならと思い、読んでみる気になりました。
自慢じゃないですが、私は自分のことをかなりの〈警察小説通〉だと思っています。これまでの〈有名どころ〉は大概読んだつもりでおり、その中でも際立って好きな作品に登場する、極めて魅力的な警察官を紹介するとしたら、
〇逢坂剛 『百舌の叫ぶ夜』を始めとする百舌シリーズに登場する、倉木尚武。
〇高村薫 『レディ・ジョーカー』『照柿』『冷血』の、合田雄一郎。
〇大沢在昌 『新宿鮫』シリーズの、(ご存じ)鮫島。
といったところでしょうか。どれもが傑作で、初めて読んだときには身震いするほど面白く感じました。中で私が一番好きなのが合田雄一郎という警察官で、合田が好きで、繰り返し、とくに私は『レディ・ジョーカー』という本を読み返します。
もちろん他にも、横山秀夫の『64(ロクヨン)』であるとか、ちょっと横道に逸れますが、原尞が書いた『そして夜は甦る』などの、忘れられない作品があります。
『64(ロクヨン)』に登場する警視・三上義信、『そして夜は甦る』の沢崎(沢崎は警察官ではなく私立探偵です)なども、まるで個性は違うのですが、実に人間臭い、魅力的な人物であるわけです。
彼らは概して不器用な男です。仕事に関しては人並み以上の熱意を持ち、危険を顧みません。傷を負い、瀕死の状態にあっても職務を全うしようとします。組織と迎合せず、自らの信念で捜査に当ります。その捨て身、その潔さに、自分にはない魅力を感じるのだと思います。
対して、この本に登場する竜崎伸也という男は、(紹介した人物らとは)一味違う魅力を持ち合わせています。
彼はもともと警察庁長官官房に勤務するキャリアの警視長だったのですが、不祥事がらみの懲罰人事により、所轄の大森署に署長として異動します。署長になってからの竜崎は原理原則に則り、事件解決のために常に「正しい」方法をとります。
それは従来の警察機構からは考えられないやり方で周囲は戸惑うのですが、竜崎に従ううちに、警察組織の問題点が浮き彫りになり、本当に大事なことは何なのかが見えてくる・・・・、とそんな流れで話は進んでゆきます。
(当然のことですが)署長である竜崎は、滅多なことでは動きません。署長室で決済書類に目を通しながら、手を止めるわけでもなく、決済印を押しつつ部下からの報告や連絡を受けます。
必要なことを聞き、それ以外は聞こうとしません。部下は最初、竜崎の機嫌を損なわないように話を切り出し、真綿で包むようにして相談を持ちかけます。しかし、それを無視して竜崎は、問題の核心はどこにあるのか、本当に問題なのかどうかを問い返します。
その「応酬」こそが醍醐味で、試しに、最初の「漏洩」という作品を読んでみてください。それだけですぐに彼の「流儀」が知れ、胸のすくような思いがします。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆今野 敏
1955年北海道三笠市生まれ。
上智大学文学部新聞学科卒業。
作品 「隠蔽捜査」「果断 隠蔽捜査2」「継続捜査ゼミ」「プロフェッション」「豹変」「蓬萊」他多数
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