『サロメ』(原田マハ)_書評という名の読書感想文
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『サロメ』(原田マハ), 作家別(は行), 原田マハ, 書評(さ行)
『サロメ』原田 マハ 文春文庫 2020年5月10日第1刷
頽廃に彩られた十九世紀末のロンドン。病弱な青年だったビアズリーはイギリスの代表的作家で男色家のワイルドに見いだされ、『サロメ』 の挿絵で一躍有名画家になった。二人の禁断の関係はビアズリーの姉やワイルドの同性の恋人を巻き込み、四つ巴の愛憎関係に・・・・・・・。美術史の驚くべき謎に迫る傑作長編ミステリー。 解説・中野京子 (文藝春秋)
世紀末ヨーロッパで一世を風靡した作家オスカー・ワイルド、彼の戯曲 『サロメ』 に悪魔的挿画の数々を提供した夭折の画家オーブリー・ビアズリー、姉で女優のメイベル・ビアズリー。この三人の関係が、史実という大樹に絡みつく蔓草のようなフィクションに彩られる。
発端は現代のロンドン。ワイルド研究家がビアズリー研究家に、新発見の 「サロメ」 の絵を見せる。それは有名なクライマックスシーン、つまりサロメが預言者ヨハネの首に接吻する瞬間を描いた、紛れもないビアズリー真筆であったが、しかしその生首の顔はヨハネではなかった。
では一体誰なのか?
ぞくぞくするような謎を提示した後、物語は十九世紀末のロンドンへと遡る。メイベルの目を通して読者は、ヴィクトリア朝時代の息苦しい政治文化状況、ワイルドのエキセントリックな言動、ビアズリーの成功と挫折、そして結核による早すぎる死を、追体験してゆく。
だが何より息詰まる思いをさせられるのは、メイベル自身が - ワイルドとビアズリーという二人の天才に翻弄されているかに見えながら - 本人も気づかぬうち、何やら化けものめいた存在へと変容するその過程である。
上質のミステリであり、心理劇でもある本作はまた、メイベルの口を借りたビアズリー讃歌でもある。曰く、「美しい絵を上手に描く、というのではまったくなかった。もっと痛いような、苦しいような、狂おしいような」。「なんという闇。なんという光。なんという力。- なんという圧倒的な世界」。「画室に満ち溢れる狂気と豊饒に、メイベルは静かに首を絞められる思いがした」。(解説中の 「週刊文春 2017.2.23号掲載」 分より抜粋)
※絵画や戯曲に対し、特に興味があるわけではありません。私はオスカー・ワイルドという作家がいつの時代のどんな人物か、『サロメ』 がどんな内容の戯曲かなど、今まで知りたいとも思いませんでした。ましてやワイルドが女性よりも同性を好んだことや、オーブリー・ビアズリーという挿絵画家の存在など知るわけもありません。
ところが、言いたいのは - それでもこの小説はとても面白い - ということです。これぽっちの知識がなくても並みのミステリーよりなお何倍も興奮する、ということです。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆原田 マハ
1962年東京都小平市生まれ。
関西学院大学文学部日本文学科、早稲田大学第二文学部美術史学専修卒業。
作品 「カフーを待ちわびて」「楽園のカンヴァス」「ジヴェルニーの食卓」「あなたは、誰かの大切な人」「さいはての彼女」「まぐだら屋のマリア」他多数
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