『赤と白』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/11 『赤と白』(櫛木理宇), 作家別(か行), 書評(あ行), 櫛木理宇

『赤と白』櫛木 理宇 集英社文庫 2015年12月25日第一刷

冬はどこまでも白い雪が降り積もり、重い灰白色の雲に覆われる町に暮らす高校生の小柚子と弥子。同級生たちの前では明るく振舞う陰で、二人はそれぞれ周囲には打ち明けられない家庭の事情を抱えていた。そんな折、小学生の頃に転校していった友人の京香が現れ、日常がより一層の閉塞感を帯びていく・・・・・・・。絶望的な日々を過ごす少女たちの心の闇を抉り出す第25回小説すばる新人賞受賞作。(集英社文庫)

伊奈小柚子(いな・こゆず)の場合
小柚子の母・美帆子(43)は恋多き女性で、独り身となった今、幾人もの男性と付き合っては別れるということを繰り返しています。彼女の喫緊の目的は、今後の人生の伴侶となるべき最善の男性を掴まえて再婚を果たすこと。それを唯一の生きがいに暮らしています。

家事はもとより、娘の小柚子に関してもただただ無関心。自分が幸せになることさえ妨げないなら何をしようと構わない。基本、娘のことはどうでもよいと考えています。

しかし一方では、小柚子は繰り返し母から「自分は娘のためにしたくもない苦労をずっとしてきた」という話を聞かされています。小柚子はそれには反発しながらも、母の稼ぎで暮らせているという事実は否定し難く、仕方なく従順な娘であろうとしています。

小柚子が7歳の時。幼い彼女は、その頃美帆子が付き合っていた男性に卑猥な〈いたずら〉をされたことがあります。小柚子にとってそれは消すに消せない耐え難い記憶で、母・美帆子にはもとより、他の誰にも打ち明けられずにいます。しかしそれを美帆子は知っており、娘である小柚子に対し、あろうことか逆恨みの感情を抱いています。犯された娘に対し、娘は自分の恋人を盗んだのだと。

青木弥子(あおき・やこ)の場合
弥子が住む家の離れには、母方の叔父なる人物=弥子の母の、歳の離れた弟が住んでいます。彼はいわゆる「ひきこもり」で、働いたことがありません。部屋から出るのはトイレのときだけ。ろくに風呂にも入りません。三度三度の食事は、母か弥子かが運びます。

幼稚園の頃からずっと、弥子は事あるごとに母から言い聞かされていたことがあります。おかあさんが死んだら代わりに叔父さんの世話をするのは、あんたなんだと。あんたは叔父さんの老後の面倒をみさせるために、産んだ子なんだと。

この小説は、同じ性を持つ母と娘の、(親子とはいえ父と息子には起こるはずのない)一筋縄ではいかない捩じくれた関係性を描いて余りあるものがあります。

小柚子と弥子の他にも、小柚子の幼馴染みの越智百香・京香の双子の姉妹や、小柚子と弥子が通う高校の同級生・戸川苺実についても、その母娘関係にみられる捩じれた心のあり様は、強い閉塞感を伴って、やがて思わぬ事態を招くことになります。

一見平凡な高校生である彼女らは、内にそれぞれ、知られたくないある特別な事情を抱えています。呻吟は暗く深刻で、出口が見えません。

その元凶が母だったとしたらどうでしょう?  詮索し、疑うべき人物が母だとしたら、母を母と思えなくなったとしたら、あなたは何とするのでしょうか。

この本を読んでみてください係数 80/100

◆櫛木 理宇
1972年新潟県生まれ。
大学卒業後、アパレルメーカー、建設会社などの勤務を経て、執筆活動を開始する。

作品 「ホーンテッド・キャンパス」「侵蝕 壊される家族の記録」「死刑にいたる病」「僕とモナミと、春に会う」「209号室には知らない子供がいる」他多数

関連記事

『乙女の家』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『乙女の家』朝倉 かすみ 新潮文庫 2017年9月1日発行 内縁関係を貫いた曾祖母、族のヘッドの子

記事を読む

『くまちゃん』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『くまちゃん』角田 光代 新潮文庫 2011年11月1日発行 例えば、結局ふられてしまうこと

記事を読む

『ひとでちゃんに殺される』(片岡翔)_書評という名の読書感想文 

『ひとでちゃんに殺される』片岡 翔 新潮文庫 2021年2月1日発行 表紙の絵とタイ

記事を読む

『天頂より少し下って』(川上弘美)_書評という名の読書感想文

『天頂より少し下って』川上 弘美 小学館文庫 2014年7月13日初版 『天頂より少し下って

記事を読む

『青色讃歌』(丹下健太)_書評という名の読書感想文

『青色讃歌』丹下 健太 河出書房新社 2007年11月30日初版 第44回文藝賞受賞作。同棲す

記事を読む

『いのちの姿/完全版』(宮本輝)_書評という名の読書感想文

『いのちの姿/完全版』宮本 輝 集英社文庫 2017年10月25日第一刷 自分には血のつながった兄

記事を読む

『影裏』(沼田真佑)_書評という名の読書感想文

『影裏』沼田 真佑 文藝春秋 2017年7月30日第一刷 北緯39度。会社の出向で移り住んだ岩手の

記事を読む

『雨の鎮魂歌』(沢村鐵)_書評という名の読書感想文

『雨の鎮魂歌』沢村 鐵 中公文庫 2018年10月25日初版 北の小さな田舎町。中

記事を読む

『懲役病棟』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

『懲役病棟』垣谷 美雨 小学館文庫 2023年6月11日初版第1刷発行 累計23万

記事を読む

『キッドナッパーズ』(門井慶喜)_書評という名の読書感想文

『キッドナッパーズ』門井 慶喜 文春文庫 2019年1月10日第一刷 表題作 「キッ

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発

『燕は戻ってこない』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『燕は戻ってこない』桐野 夏生 集英社文庫 2024年3月25日 第

『羊は安らかに草を食み』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文

『羊は安らかに草を食み』宇佐美 まこと 祥伝社文庫 2024年3月2

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑