『日没』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『日没』桐野 夏生 岩波書店 2020年9月29日第1刷

日没

ポリコレ、ネット中傷、出版不況、国家の圧力。海崖に聳える収容所を舞台に表現の不自由の近未来を描く、戦慄の警世小説。

あなたの書いたものは、
良い小説ですか、
悪い小説ですか。

小説家・マッツ夢井のもとに届いた一通の手紙。それは 「文化文芸倫理向上委員会」 と名乗る政府組織からの召喚状だった。出頭先に向かった彼女は、断崖に建つ海辺の療養所へと収容される。「社会に適応した小説」 を書けと命ずる所長。終わりの見えない軟禁の悪夢。「更生」 との孤独な闘いの行く末は - 。(岩波書店)

小説家・マッツ夢井に対し、「文化文芸倫理向上委員会」 が求めたことは、彼女の過去の作品をほぼほぼ全否定するものでした。

過激に過ぎるレイプの場面や子供を性の対象にした男の描写を例に挙げ、「あたかもそれらの行為を肯定しているかのようなところが許せない」、そもそも 「先生の作品は下品なんですよ」 と。好き勝手に論い、あげく批判は彼女の性向や嗜好にも及びます。

そのあまりな言い方に、マッツ夢井は激しく憤り、震えるほどの勢いで、こう問い質します。では訊きますが、上品な小説って何ですか? と。

上品な小説 - 即ち 「文化文芸倫理向上委員会」 が求める 「社会に適応した小説」 とは、一体どんな小説のことをいうのでしょう? 

彼女にはまるで理解できません。自分が今、何を言われているのか。何が起きているのか - 。このままで、はたしてここから出て行けるのか。それとも、閉じ込められたままなのか。他に誰が (収容されて) いるのか。味方はいるのか、いないのか・・・・・・・。

隔離され、打ちのめされ、追い詰められて、彼女はやがて 「自分を見失ってしまうのではないか」 という恐怖を、繰り返し、何度も味わうことになります。

どう足掻こうと二度と元には戻れないのではという底なしの恐怖。戻るためには矜持を捨て、彼らの意のままに “転向” するしかないという堪え難い屈辱と絶望感。満足な食事も与えられずに徒に時間だけが過ぎ、どこまで行っても出口は見えません。

*推薦のことば

これはただの不条理文学ではない。
文学論や作家論や大衆社会論を内包した
現代のリアリズム小説である。
国家が正義を振りかざして蹂躙する表現の自由。
その恐ろしさに、読むことを中断するのは絶対に不可能だ。  筒井康隆

息苦しいのに、読み進めずにはいられない。
桐野作品の読後には、いつも鈍い目眩が残ると知っていても--。
自粛によって表現を奪い、相互監視を強める隔離施設。
絶巧の文章が、作中世界と現実とを架橋する。        荻上チキ

個人的な価値観、個人的な言葉、個人的な行動をもとにして作品を創る。
それは自由への具体的な希求であり表現だ。
その基本がいつの間にか奪われ拘束される。

日没 は桐野夏生でさえ越えられない身のすくむ現実がすぐそこにあることを告げる。
                             石内 都

※並みのミステリーよりミステリアス。並みのホラーより何倍も恐ろしい。主人公の置かれた状況を思えば思うほど、体の震えが止まりません。無間地獄に、声も出なくなります。

この本を読んでみてください係数 85/100

日没

◆桐野 夏生
1951年石川県金沢市生まれ。
成蹊大学法学部卒業。

作品 「OUT」「グロテスク」「錆びる心」「東京島」「IN」「夜また夜の深い夜」「奴隷小説」「バラカ」「猿の見る夢」「夜の谷を行く」「路上のX」「デンジャラス」他多数

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