『満月と近鉄』(前野ひろみち)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/08
『満月と近鉄』(前野ひろみち), 作家別(ま行), 前野ひろみち, 書評(ま行)
『満月と近鉄』前野 ひろみち 角川文庫 2020年5月25日初版
小説家を志して実家を飛び出し生駒山麓のアパートに籠っていた私は、宝山寺の小道で謎めいた女性に出会う。万巻の書物に囲まれて暮らす佐伯さんは、厳しい読み手でもあった。私は彼女に認められたい一心で小説を書き続ける (「満月と近鉄」)。奈良を舞台に繰り広げられるロマンと奇想に満ちた4篇。本作を発表ののち沈黙を守る鬼才、唯一の著作。森見登美彦との対談を追加収録。解説・仁木英之 (『ランボー怒りの改新』 改題)
いろいろ好みはありますが、中でも私はこの手の話が大好きで、何気に本屋に行くと、ある日突然、それは私のためにあるように、読めと言わんばかりに、こんな本に出合うことがあります。
[目次]
・佐伯さんと男子たち1993
・ランボー怒りの改新
・ナラビアン・ナイト 奈良漬け商人と鬼との物語
・満月と近鉄
まさか第一話の 「佐伯さん」 とは別人だと思うのですが、「満月と近鉄」 に登場する 「佐伯さん」 もまた滅多にいない不思議な人で、その上美形とくれば、これはもう “男のロマン” 以外の何ものでもありません!
「満月と近鉄」 より - 前野弘道、18歳の夏の物語 -
その日初めて、私は佐伯さんの暮らす山荘へ招待された。
夏草の生い茂る山道を辿って石の門を抜けると、やがて不思議な一軒家の前へ出た。三角屋根の小さな西洋風の建物は、草深い山奥には似合わない感じだった。
「意外にステキなところやろ」
彼女は私の手を引いて家に入った。
廊下の突き当りにある大図書室に足を踏み入れたとき、私は茫然としてしまった。
ドアと窓を除いたすべての壁が天井まで造り付けの書棚になっていて、おびただしい数の本が収められていた。
・・・・・・・佐伯さんがノートの頁をめくる音と、竹林のざわめきだけが聞こえた。
やがてノートを読み終えた彼女はころころと転がってきた。
我々は横にならんで天井を見上げた。
「今日は風が強いなあ」
佐伯さんは呟いた。「山が鳴ってるわ」
「その小説、合格ですか」
私は訊ねたが佐伯さんは答えなかった。そのかわりに彼女は腕をニュッと伸ばして、私の鼻先に近づけた。雨に濡れた新鮮な若葉のような香りがした。
「竹林の匂いがするやろ」
「たしかにそんな匂いがする」
佐伯さんは身を起こし、スッと身体を引き抜くように服を脱いだ。
そして驚いている私に身を寄せてきた。(本文より抜粋/一部略)
※これは必ず最後に読むように。できればちゃんと順番に 「佐伯さんと男子たち1993」 から読むようお願いします。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆前野 ひろみち
奈良県生まれ。
高校卒業後、作家を志すも挫折し、大学卒業後は実家の畳店を継ぐ。2011年より同人誌 『NR』 に3本の短編を相次いで発表する。16年、これらの短編に書き下ろしを加えた単行本 『ランボー怒りの改新』(文庫化にあたり 『満月と近鉄』 と改題) でテビュー。オリジナリティを備えた作品群は高く評価されたが、その後は沈黙を守っている。
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