『悪果』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/13 『悪果』(黒川博行), 作家別(か行), 書評(あ行), 黒川博行

『悪果』黒川 博行 角川書店 2007年9月30日初版

大阪府警今里署のマル暴担当刑事・堀内は、淇道会が賭場を開くという情報を掴み、開帳日当日、相棒の伊達らとともに現場に突入し、27名を現行犯逮捕した。取調べから明らかになった金の流れをネタに、業界誌編集長・坂辺を使って捕まった客を強請り始める。だが直後に坂辺が車にはねられ死亡。堀内の周辺には見知らぬヤクザがうろつき始める・・・。黒川博行のハードボイルドが結実した、警察小説の最高傑作。(「BOOK」データベースより)

「悪果」とは、(仏語で)「悪い報い」のことを言い、「悪因悪果」などという使われ方をします。「因果は巡る」(ちょっと違うか?)ではないですが、悪事を働けばいずれ相応のしっぺ返しを受けることになりますよ、という戒めの言葉です。

この「悪果」という言葉、普通なら悪党に向けてのメッセージということになるわけですが、黒川博行が書くと、得てしてそれが取り締まる側の警察官であったりします。

黒川作品には、誓って正義の味方のような警官や刑事は登場しません。手柄を挙げるチャンスと見るや平気で同僚を出し抜き、そうでなければ怠け放題怠けます。朝は現場へ直行すると言い、夕方には直帰しますと連絡さえすれば、大概はそれで一日が終わります。

およそ警官とは思えぬ風体で、日頃の仕事ぶりはどうかとも思うのですが、しかし、やると決めたらがらりと様子が変わります。少々危ない橋もわかった上で渡ります。彼らは概していい仕事をするのですが、時に警察にあるまじき、犯罪者顔負けの「悪さ」をします。

この物語の主人公である堀内や、彼のパートナーの伊達のような立場の刑事にしてみれば、それはある意味仕方がないことだと考えています。捜査を円滑に進め、しかるべき成果を挙げるためにはやむを得ないこと、好きでやっているわけではないのです。

暴力団組織の動向を探るためにする、地回りやくざとの麻雀。検挙に結びつくような情報を得んがための、ネタ元との付き合い。時に彼らと酒を飲み、若い女と遊びもするのですが、それもこれも捜査のためには致し方がないこと、のはずなのですが・・・

賭け麻雀こそいくら負けても払えとは言われないものの、ネタ元には情報に見合った礼はせねばならず、バーやナスックでただ飲みというわけにもいきません。アフターともなれば、女の飯代や飲み代、タクシー代やホテル代は当然ながら身銭を切ることになります。

とにもかくにも、それらを賄うためには「経費」を捻出せねばなりません。ために、非合法と知りつつ、彼らは彼らなりに「シノキ゛」に手を染めます。曰く、シノギの一つや二つも持てないようなら、それはもはや防犯担当と呼べない、仕事ができない刑事なのです。
・・・・・・・・・・
堀内はネタ元から得た大掛かりな賭博開帳の情報をもとに伊達と共に内偵を続け、結果現場を押さえて関係者を一網打尽にします。賭場を仕組んだ淇道会を壊滅状態にまでしたのは紛れもなく堀内と伊達。しかし、手柄は全て係長の佐伯のものになってしまいます。

当然2人は糞面白くもないのですが、実は堀内にはもう一つ別の、伊達にも内緒の企みがあります。張り客の中にいた学校法人の理事長に目を付けた堀内は、子飼いの強請屋・坂辺を使って理事長から金をせしめようとします。

坂辺はしがない雑誌社のオーナーで、「総合都市経済新報社」などという大層な看板を掲げてはいますが、実際は狙いをつけた相手に暴露記事を突きつけては、書かないことを条件に「広告料」を払わせる強請を本業にしています。

堀内と坂辺が知り合ったのは6年前。レートの大きな博打麻雀をしているという密告があり、ガサをかけたらメンバーの中に坂辺がおり、坂辺の職業と悪擦れした性格を知るにつけ、いつかは利用できると堀内は坂辺にめぼしをつけます。

堀内がネタを出し、それを使って坂辺は記事を書きます。その記事を持って坂辺は狙った先を訪ね、広告の出稿を要求しては然るべき金額を受け取る - 振り込まれた広告料は2人で折半。これが堀内にとっての「シノギ」というわけです。

今回のターゲットは、森本延郎。学校法人春日井学園の理事長で、北大阪デザイン造形専門学校のオーナーでもある森本が張り客の中にいて、桁の違う賭け方をしては負け続けています。当然のこと森本には何かあると考え、堀内は坂辺に身辺調査を依頼します。

と、ここまでは特段これまでと変わりないのですが、坂辺が自宅へ帰る途中に轢き逃げに遭い死亡したのが殺人だと判り、堀内は堀内で、見知らぬやくざにつけ狙われて警察手帳を奪われるに及んで、事は一気にきな臭くなります。森本という男、なかなかに一筋縄ではいかない人物であるのが、段々と明らかになって行きます。

この本を読んでみてください係数 85/100


◆黒川 博行
1949年愛媛県今治市生まれ。
京都市立芸術大学美術学部彫刻科卒業。妻は日本画家の黒川雅子。

作品 「二度のお別れ」「左手首」「雨に殺せば」「ドアの向こうに」「絵が殺した」「迅雷」「離れ折紙」「疫病神」「国境」「螻蛄」「煙霞」「破門」「後妻業」「勁草」他多数

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