『彼女がその名を知らない鳥たち』(沼田まほかる)_書評という名の読書感想文

『彼女がその名を知らない鳥たち』沼田 まほかる 幻冬舎文庫 2009年10月10日初版

8年前に別れた黒崎を忘れられない十和子は、淋しさから15歳年上の男・陣治と暮らし始める。下品で、貧相で、地位もお金もない陣治。彼を激しく嫌悪しながらも離れられない十和子。そんな2人の暮らしを刑事の訪問が脅かす。「黒崎が行方不明だ」と知らされた十和子は、陣治が黒崎を殺したのではないかと疑い始めるが・・・・。(幻冬舎文庫解説より)

北原十和子は、33歳。15歳年上の陣治と暮らし始めて、6年が経っています。但し、十和子に言わせれば行きがかり上そうなったまでで、間違ってもしたかったからしているわけではありません。

十和子は陣治を、むしろ疎ましく思っています。立ちのぼる嫌悪感は凄まじく、虫酸が走るようで、十和子は容赦なく陣治を罵倒します。それでも陣治はへこたれません。日に何度も電話をし、何処にいて、何をしているのかを問い質します。

十和子のタオルを勝手に使い、顔を拭く。口を開けたまま、音をたてて咀嚼する。コーヒーカップを灰皿代わりにする。水虫でめくれた足の皮をちびちびと剥き、小便で便器を汚す。強い口臭、節操も分別もない、不潔でチンケで下品で卑屈で下劣で滑稽 - こんな男を愛せという方がどうかしている・・・・・・・

男やのうて、人間でものうて、そうや、あんたなんかくねくねした色真っ黒のどじょうや。どじょう以下のどぜうや。どぜう鍋の、ど、ぜ、う。陣治は種なしどぜうや。

「早よ行け!  この家から出て行け!  あんたがいてたら空気腐る・・・・・・・ 」などと言いたい放題に傷め付けるのですが、実は今十和子がいるのは陣治の部屋 -

陣治のマンションに転がり込んだのが十和子なら、住み着いたのも彼女の方で、その上十和子はまるで働こうとしません。するのは思いつきの家事程度で、ほとんどはDVDを観ているようなありさまで、毎日をただダラダラとやり過ごしています。

陣治は、そんな十和子を一切咎めません。したいようにさせ、言いたいように言わせています。陣治は、(十和子に対し)時に歯の浮くようなことを言います。それがまた十和子には疎ましく、かみ合わないやり取りばかりを繰り返しています。

他に行き場がなくて十和子は陣治に依存しているわけですが、陣治が何も言わないのをよいことに、彼女は断じてそれを認めようとしません。認めれば、それはすなわち2人の間に恋愛に似た感情が存在することになる - 彼女にはそれが許せなかったのです。
・・・・・・・・・・
ここまでが物語の前半です。実は十和子が陣治との関係を決して認めないこと、そして、それでも陣治と別れずにいるのには理由があります。

十和子は、8年前に別れた黒崎俊一をどうしても忘れることができません。自暴自棄になって生きる気力を失くし、仕方なしに陣治と暮らしています。

黒崎と陣治は、何から何まで真逆の男です。姿形もそうなら、振舞いの一々がとてもスマートだった黒崎に溺れた十和子は、溺れたが故に、黒崎からのおよそ非道で屈辱的な頼みごとを引き受けることになります。その先にこそ2人の将来がある、そう信じてのことです。

しかし、そのうち十和子は黒崎に利用されていただけであるのに気付きます。立ち上がれないほどの仕打ちを被り、(実のところは薄々勘付いてもいたはずなのですが)それでも十和子は黒崎を想わずにはいられません。

陣治と一緒に暮らしていながら、十和子は過去と今の間を行きつ戻りつしています。そんなところへ、今度は水島真という男が現れます。腕時計を修理に出したのがきっかけで、デパートに勤務する水島と出会い、関係を持ち、十和子は段々と水島に依存していきます。

かつて黒崎にみた夢と同じ夢を、十和子は水島に対して見ずにはいられなくなります。それに気付いた陣治は2人を尾行し、水島に対して嫌がらせを繰り返します。それを知った十和子にどんなになじられようと、陣治は彼女の傍を離れようとはしません。

そんな折、黒崎が3年前から行方不明になっていることを知った十和子は、ある出来事から、陣治が黒崎を殺したのではないかと疑い始めます。

読むうちに静かに恐ろしくなり、この先「何かがある」と思わずにいられなくなります。それが何かはわかりません。おそらくはとてつもない真実が隠されているであろうと感じるのですが、その先が見えません。

※初出は2006年10月。5年後の2011年に初めて読んで、さらに5年経った今また読み返しても「凄い」というほか言葉がありません。読むと、「(今までの自分は)なんて陳腐な恋愛小説ばかりを読んでいたんだろう」- そんな気持ちになります。

この本を読んでみてください係数 85/100


◆沼田 まほかる
1948年大阪府生まれ。
大阪文学学校に学ぶ。離婚後、得度して僧侶となる。会社経営等も経験、小説デビューは56歳。

作品 「九月が永遠に続けば」「アミダサマ」「痺れる」「ユリゴコロ」他

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