『夜の木の下で』(湯本香樹実)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/11 『夜の木の下で』(湯本香樹実), 作家別(や行), 書評(や行), 湯本香樹実

『夜の木の下で』湯本 香樹実 新潮文庫 2017年11月1日発行

話したかったことと、話せなかったこと。はじめての秘密。ゆれ惑う仄かなエロス。つないだ手の先の安堵と信頼。生と死のあわい。読み進めるにつれ、あざやかに呼び覚まされる記憶。静かに語られる物語に深く心を揺さぶられる、極上の傑作小説集。(「BOOK」データベースより)

極めて上質な文章に、(当たり前のことですが)敵わないと思うと同時に、めぐり合えた幸運に心から感謝したいと思います。

ここには、かつての、幼い日の「あなた」がいます。著者が語る個別のものであっても、それはそのまま、あなたの記憶に通じています。6つの物語を通して、あなたはきっと遠い昔の「あなた自身」を思い起こすはずです。

忘れてしまったことや失くしてしまったと思い込んでいたもののすべてが、実はそうではなかったのだと思い返すに違いありません。昔感じた言葉にならない感情が、遠い記憶とともにあざやかに蘇る。そんな物語が収められています。

すべての文節に光がさしている。これはそんな小説集だ。悲しみや痛みを語る言葉も、分けへだてなく透明な明るさに満たされている。

単に文章が美しいのではない。この本を手に持ち、字面を追っていくうちに、読み手の意識や、そのひとりひとりが抱える傷までもが光に満たされていくような、独自の感じがあるのだ。

その秘密はおそらく「時間」にある。作品の中に降り積もる時間の層が、雨水をろ過する地層のように、言葉の透明度を増すはたらきをしているのである。(梯久美子/解説より)

さあ、極上の物語を味わってみてください。あなたはきっと少し立ちつくすような感じになるはずです。来し方を思い、涙するかもしれません。しかしそれは悲しいからではなくて、慎ましくたおやかな文章に絆されてつい泣けてくる。たぶん、そんなことではないだろうかと。

※収録作品 「緑の洞窟」「焼却炉」「リターン・マッチ」「私のサドル」「マジック・フルート」「夜の木の下で」

この本を読んでみてください係数 85/100

◆湯本 香樹実
1959年東京都生まれ。
東京音楽大学音楽学部作曲学科卒業。

作品 「夏の庭 - The Friend」「西日の町」「くまとやまねこ」「ポプラの秋」「わたしのおじさん」「岸辺の旅」「春のオルガン」他

関連記事

『リアル鬼ごっこ』(山田悠介)_書評という名の読書感想文

『リアル鬼ごっこ』山田 悠介 幻冬舎文庫 2015年4月1日75版 全国500万の 〈佐藤〉 姓を

記事を読む

『検事の信義』(柚月裕子)_書評という名の読書感想文

『検事の信義』柚月 裕子 角川書店 2019年4月20日初版 累計40万部突破 「佐

記事を読む

『朽ちないサクラ』(柚月裕子)_書評という名の読書感想文

『朽ちないサクラ』柚月 裕子 徳間文庫 2019年5月31日第7刷 (物語の冒頭)森

記事を読む

『臨床真理』(柚月裕子)_書評という名の読書感想文

『臨床真理』柚月 裕子 角川文庫 2019年9月25日初版 人の感情が色でわかる

記事を読む

『JR上野駅公園口』(柳美里)_書評という名の読書感想文

『JR上野駅公園口』柳 美里 河出文庫 2017年2月20日初版 1933年、私は

記事を読む

『夜また夜の深い夜』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『夜また夜の深い夜』桐野 夏生 幻冬舎 2014年10月10日第一刷 桐野夏生の新刊。帯には

記事を読む

『パイナップルの彼方』(山本文緒)_書評という名の読書感想文

『パイナップルの彼方』山本 文緒 角川文庫 2022年1月25日改版初版発行 生き

記事を読む

『森は知っている』(吉田修一)_噂の 『太陽は動かない』 の前日譚

『森は知っている』吉田 修一 幻冬舎文庫 2017年8月5日初版 南の島で知子ばあ

記事を読む

『ルビンの壺が割れた』(宿野かほる)_書評という名の読書感想文

『ルビンの壺が割れた』宿野 かほる 新潮社 2017年8月20日発行 この小説は、あなたの想像を超

記事を読む

『本屋さんのダイアナ』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『本屋さんのダイアナ』柚木 麻子 新潮文庫 2016年7月1日発行 私の名は、大穴(ダイアナ)。お

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『あいにくあんたのためじゃない』柚木 麻子 新潮社 2024年3月2

『執着者』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『執着者』櫛木 理宇 創元推理文庫 2024年1月12日 初版 

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑