『1リットルの涙/難病と闘い続ける少女亜也の日記』(木藤亜也)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/07
『1リットルの涙/難病と闘い続ける少女亜也の日記』(木藤亜也), 作家別(か行), 書評(あ行), 木藤亜也
『1リットルの涙/難病と闘い続ける少女亜也の日記』木藤 亜也 幻冬舎文庫 2021年3月25日58版
「神様、病気はどうして私を選んだの? 」 恐ろしい病魔が15歳の少女亜也の青春を奪う。友達との別れ、車椅子の生活、数々の苦難が襲いかかる中、日記を書き続けることだけが亜也の生きる支えだった。「たとえどんな小さく弱い力でも私は誰かの役に立ちたい」 最期まで前向きに生き抜いた少女の言葉が綴られた感動のロングセラー、ついに文庫化。(幻冬舎文庫)
亜也ちゃんについて 藤田保健衛生大学神経内科助教授 山本纊子 (現在同大学教授)
九月下旬のある水曜日の午後。延々と続く外来に、待つ側も診察する側もちょっと疲れかけてきた頃、突然、亜也ちゃんのお母さんから電話があった。長らく書き綴って来た亜也ちゃんの日記を出版する準備をしているから主治医であった私に病気のことや亜也ちゃんとの交流について書いてほしいという依頼だった。
亜也ちゃんの病気 「脊髄小脳変性症」 とは?
人間の脳には約140億の神経細胞とその10倍もの神経細胞を支持する細胞がある。それぞれの神経細胞は多くのグループに分けられ、運動する時に働くものもあれば、見たり聞いたり感じたりする時に働くものもあり、およそ人間が生きている間はたくさんのグループの神経細胞が活動していることになる。
脊髄小脳変性症はこれらの神経細胞グループのうち反射的に体のバランスをとり、素速い、滑らかな運動をするのに必要な小脳・脳幹・脊髄の神経細胞が変化し、ついに消えていってしまう病気である。どうして突然、細胞が消えてしまうのかはわかっていない。全国的な統計では1000余の患者さんが集められたが、実際にはこの2~3倍はいるらしい。
“病気のはじめ” は自分で身体がふらつくと感ずることが一番多い。「ちょっと疲れたのかな」 とか 「貧血かな」 と思っていると次第に真っ直ぐ歩けなくなり、人からも 「酔っているの? 」 などと言われる。目が霞んだり、物が揺れたり、二重に見えたりする、舌がうまくまわらず喋りにくい、尿の出が悪くなりトイレに行った後もまだ残っている感じがする、立ち上がると急に血圧が下がり失神したりする - などが病気の始まりということもある。
病気の経過
ふらつきが激しくなり、歩く時に支えがいるようになり、さらに進めば一人で足をそろえて立つことができなくなる。喋るのもだんだん発音があいまいになり、リズムがくずれて何を言っているかわからなくなる。手や指の動きも自分の意のままにならず、字を書くこともむずかしく、書いても読めない。食事をする時も箸が使えなくなり、スプーンを使っても正確に口に物を運ぶことができない。人に食べさせてもらっても、飲み込むのに時間がかかり、時にはむせてあたり一面、ごはん粒だらけとなったりする。
どの症状もわずかずつだが確実に進行し、ついに一日中ベッドの上で寝たままという状態に追い込まれる。床ずれができ化膿したり、飲み込みに失敗して気管の方に食物がまちがって入って肺炎をおこしたり、尿が膀胱に残りその中で細菌が増え膀胱炎・腎盂炎を起こしたりして5~10年で亡くなるのが普通である。(以下略)
治る見込みはなく、いずれ命の終わりがやってくる。歩けなくなり、喋れなくなり、食べられなくなる中で、少女だけがそのことを知りません。生きたいという強い意思とは裏腹に、病状は緩やかに、しかし確実に悪化の一途を辿ります。
お母さん、もう歩けない
赤ちゃんは、八か月で座り、十か月ではいはい、一歳すぎると歩くんです。
歩いていたわたしは、這うようになり、今は殆どお座りの状態! 退化しているのです。
そしていつの日か、寝たきりになってしまうのだろうか・・・・・・・。我慢すれば、すむことでしょうか。
一年前は立っていたのです。話もできたし、笑うこともできたのです。
それなのに、歯ぎしりしても、まゆをしかめてふんばっても、もう歩けないのです。涙をこらえて、
「お母さん、もう歩けない。ものにつかまっても、立つことができなくなりました」
と紙に書いて、戸を少し開けて渡した。
顔を見られるのがいやだったし、母の顔を見るのもつらかったので、急いで戸を閉めた。トイレまで三メートル這って行く。廊下がひんやりと冷たい。足の裏は柔らかく手の平のよう。手の平と膝小僧は足の裏のように硬くなっている。みっともないけど仕方がない。ただ一つの移動手段なんだから・・・・・・・。
後ろに人の気配がする。止まってふり向くと母が這っていた。何も言わずに・・・・・・・床にポタポタ涙を落として・・・・・・・。押さえていた感情がいっきに吹き出し、大声で泣いた。
しっかりと抱いて、泣きたいだけ泣かせてくれた。
母の膝がわたしの涙でびしょ濡れになり、母の涙がわたしの髪を濡らした。(P201~202)
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◆木藤 亜也
昭和六十三年五月二十三日、午前零時五十五分永眠。享年二十五。
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