『正しい愛と理想の息子』(寺地はるな)_書評という名の読書感想文

『正しい愛と理想の息子』寺地 はるな 光文社文庫 2021年11月20日初版1刷

物語は、こんな場面で幕を開けます。

主人公、長谷眞は三十二歳、清掃会社でアルバイトをする傍ら、ふたつ年下の友人の沖遼太郎と組んで、偽宝石売りをしています。
(中略)
もちろん、長谷は偽宝石を偽物として売るのではありません。長いまつ毛に陶器のような肌を持つ、きれいな顔の友人、沖と共謀して、女性を罠にかけて売りつけるのです。女性たちは沖との未来を夢見て、道ばたの石ころほどの値打ちのアクセサリーに大金を出します。つまりは詐欺。

長谷の父親は五十八歳、母親は長谷が一歳になる前に出奔して今は行方不明。父は長谷が四歳ぐらいの時に仕事で怪我をしました。働くのに支障が出るほどの傷ではなかったのに、父は仕事をしなくなり、現在の息子と同じように女たちにたかって生きています。

まさにこの親にしてこの子あり、という状況です。長谷は十六の時に親の家を出て、十七から、違法カジノの暴力的な経営者、灰嶋の元で働いています。つまり、一生の半分はたった一人、裏社会で生きてきた男です。でも、そのわりに、堅固な強さや賢さ、覚悟が伴っているわけでもありません。どこかふらふらしている。今、売っている偽宝石は、その灰嶋から預かったもので、訳あってそれを売って二人で二百万円を作らないといけない状況なのです。

この冒頭から始まる、長谷と沖の詐欺から灰嶋との邂逅の部分、これがとてもリアルでうまい。

そして、

何より長谷、つまりだましている側の男性の心理や思考、その細かな変化を言語化するのは並大抵のことではないと思うのですが、不自然さがまったくない。女性が書いているということを意識せずに読ませてくれます。

と続きます。

このあと物語には、沖の七十四歳になる母・ふさ子 (元は公立の小学校の教師で、夫に先立たれ、今は一人暮らしをしています) や、長谷が詐欺のターゲットとして狙いを付けた老人の典子婆さんや善一郎爺さん、そして長谷とは小学校・中学校と同級生の若き民生委員・山田民恵といった面々が登場します。

軽妙な語り口、時に滑稽で、とても読み易く面白い。しかし、評価すべきはそこではありません。軽い話にみせかけて、実は、多くの読者にとって、長谷や沖の今在る状況が 「とても他人事とは思えない」 点にこそあります。

※たとえば、
今話題の、原田ひ香の 『三千円の使いかた』、あるいは、
天海祐希主演で映画になった、垣谷美雨の 『老後の資金がありません』、
メディアワークス文庫で人気の、北川恵海の 『ちょっと今から仕事やめてくる』、
私が好きな、村井理子の 『兄の終い』、

- などの本を読んで面白かった、ためになったと思う方は、ぜひ読んでみてください。よく似たノリで、最後に “ぐっとくる” かもしれません。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆寺地 はるな
1977年佐賀県唐津市生まれ。大阪府在住。
高校卒業後、就職、結婚。35歳から小説を書き始める。

作品 「ビオレタ」「ミナトホテルの裏庭には」「夜が暗いとはかぎらない」「わたしの良い子」「水を縫う」など

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